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□ss
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【水沫の夢人】




夢を見た


霧に霞む水辺


ゆらゆらと揺れる水面(みなも)


さらりと撫ぜる霧の中を分け入る


幽かに開けた先に人がいた


肩ほどの濡れ羽のような黒髪の人
それだけが確かな色を持つ


男か女かは分からない
そういうものかどうかも分からない


髪の他はぼんやり白く
霞むように 消えゆくように見える


その人は岸に座り込む

何かを抱え込むように


手がゆっくりと上から下へ

愛おしそうにそれを撫ぜる


まるで眠る子供を起こさぬよう慈しむように


しかし膝の上に眠るものはそのようなものではない



膨れ上がった瞼が薄く目を開けているような気がしてならない


節が見えなくなったふやけた手が彷徨わないか不安になる


水の詰まった喉がいつか声を絞り出しそうで恐ろしい


岸辺の人は戎(えびす)を愛する者のように撫ぜた



しかし
いずれそのものが自分の愛する者ではないと気づくのだろう


気づいたその時は

慈しむように添えられていたその手で

首(こうべ)を縊(くび)ってしまうのだ


愛した者が果てたと分かっていたとしても

彼の者を探しに岸に佇む


もう流れ着くことはなくとも


その骸を探しに


詮無きことと分かっていながら


尚も骸を抱くのは


そうするほかに術がないからだ


何も為さぬまま面影を眼で追うことが
どれほど耐え難い哀しみか



戎を抱え 首を縊びり

岸辺に揺蕩(たゆた)う



帰ることのない者を待つために




そんな夢を見た





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戎とはある地域では鯨を指し、また別の地域では漂流物、つまり土左衛門なんかを指したりします。

某所で“水死体を愛でる神様”という一文を見て思い付いた代物です。
こうしたぼんやりした文章を書くのが好きなのです、まる


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