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【 Buon Natale 】



 我らが神に祝福と銃弾を



白い雪がはらはらと降り注ぐ。
ああ、それは罪を許すマリアのヴェールのように。

夜の帳が空を覆う。
ああ、それは罪を隠すユダのローブのように。

西暦の始まりを刻んだ神の子を祝う為に、人は歌を歌い、踊りを舞い、日々の慎ましい歓びを胸に祈りと賛美を捧げる。

イエス・キリストが降誕した聖なる夜に。



「君はそれを知らせにくる天使かな?」


互いの顔が分かる程度の暗がりの中で、男が緩やかに笑いながら言葉を紡ぐ。


「受胎告知のガブリエル?」


男が紡ぐ言葉の先にいるのは同じように美しい笑みを浮かべる女。
彼女は楽しげに男の戯れに言葉を返す。
男も指で女の髪を絡めながら言葉を継ぐ。


「そう。四大天使の中で唯一女性と言われる大天使。神の意を伝える啓示者、神の英雄」

「あら、随分ご大層な肩書き」


なだらかなシーツに横たわる男の上に乗ったまま女は男の首に手を這わせる。
その細く白い指は純白の百合に添える方が似合うかもしれない。


「そうでもないさ。その口から告げられる言葉はきっと甘美で麗しいはずだから」


流れる女の手を柔らかく掴み、男は唇が触れるほど顔を近付け惜し気もなく言葉を贈る。
女はそれを受け喉を鳴らして笑った。


「それだけじゃないかもしれないわよ?ガブリエルは告げ口もするわ」


ソドムとゴラモを滅ぼした時のように。

人の悪い笑みを浮かべて女は触れるだけのキスをする。
手は未だ首を這い、的確に脈と気道を掴む。


「それは仕方ないさ。神に忠実なのが天使だろう?」


その忠誠心すら美しいと、男は髪を絡める指を滑らせ女の顎を掴んだ。


「だが、如何せん完璧すぎる」


それでは駄目なんだと男は言いながら、身を起こし女と向かい合うように座り顎に添えた手を首筋に落とす。
音を紡ぐ弦を滑るように繊細な動きで細い女の首を長い指が緩やかに這う。
絞めれば確実に意識が飛ぶだろう、その位置で。


「ねぇ、ユウ」


男が初めて女の名を呼んだ。
その艶のある調べは楽譜の一節のように耳に流れ込む。


「何故ミロのヴィーナスは美しいのだと思う?
何故サモトラケのニケは神々しいのだと思う?」


男の脈絡のない問い掛けに女は少しだけ首を傾げた。
その様子に気を良くしたのか、男は笑みを深くしぎりぎりまでその秀麗な顔を近付けて言葉を続ける。


「完璧ではないからだよ。
その白くしなやかな腕が、
その自信と美貌に満ちた顔が、
欠けているからこそ美しく、欠けているからこそ魅了される」


男は女の手に添えていた掌を滑らせ、脇腹を軽くなぞる。
そこにあるのは女の白い柔かな肌には似付かわしくない、生々しいまでの深い銃痕。
滑らかな皮膚に隆起するその傷を、男は愛おしそうに撫で上げる。


「天使は欠けるものがない。
だが君は大いに欠けている」

「何が欠けてるの?倫理感?」

「貞操観念も欠けてるね」

「それは貴方も同じでしょう?」

「確かに」


二人は内緒話をする子供のようにくすくすと笑い合った。
濃厚な色の空気とは裏腹に無邪気な笑い声が微かに響く。

一仕切り笑って男が言った。


「だから君は天使よりも美しい」


飛びっきりの甘いバリトンで囁かれた台詞に女は艶笑で応えた。


「傷物にしたのは貴方よ。責任はとってちょうだい」


脇腹に残る傷を示して女は男の首に腕を回す。
男は近付いた首元に唇を寄せ口付けを施した。


「仰せのままに、アンジェラ」


何よりも不完全なのは、

一人の男に愛されるという

パッシィオーネ




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ピストルオペラの続編です。
一応(?)クリスマスバージョン。
気に入ってしまってまたやっちまいました。

また用語解説が必要な箇所がありましたね。
タイトルはイタリア語でメリークリスマス。
ガブリエルは四大天使の一人、聖母マリアの受胎告知に関わり、百合がシンボルです。
アンジェラはイタリア語で天使。
最後のパッシィオーネは英語のパッション、つまり受難、情熱の意です。
両方の意味で使ってます。

世界観は限りなく現実世界に近いパラレルで。
矛盾は愛で補充して下さい。



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