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【一握の福音】




それは一握の砂のように。

さらさらと流れ出るように跡形もなくそれは消える。
何と人の命は儚いものか。

しかしながらそれは人に与えられた人たる所以。

平等であることも、
公平であることも、
果ては生まれ出ることさえ自由ではない彼らの持つ唯一の権利。

『死』は誰隔てなく人を導く。


目の前で浅い小さな呼吸を繰り返す老人はもうすぐそれを享受しようとしている。

「・・・天使が、 迎えに来てくれたのかい?」

もうほとんど見えていないはずの眼を細め、こちらに枯れ枝のような指を伸ばす。

「天使ではありませんが、まぁ似たようなものですよ」

老人の独り言にも似た問いを薄く笑った口で誤魔化す。

神が存在するが故に存在するのは、天使も悪魔も大して変わらないから強(あなが)ち嘘ではない。
違うのは羽根が白いか黒いか、それと魂を奪うのか救うのか、そんなところだろう。
行き先が天国が地獄か、それだけだ。
まぁそんな所、在るのかどうかもよく分からないが。

「ミスター、貴方の魂を頂戴しに参りました」

そう言ってまた笑うと老人も力なく笑った。

「・・・・・・悪魔か」

「御名答」

昔はきっと聡明な紳士だったのだろう、と関係のないことを思い浮かべながら正解を告げる。
老人は、今度は笑わなかった。

「なるほど・・・地獄からのお迎えか」

「地獄かどうか──それは私では判断しかねます」

俺は見たことがないから知らない。
人の肉体という器から抜け出した魂の行方を、見届けるのは今日が初めてだからそんなものは分からない。
そして何より死は人が迎えるものだから、余計に知らないし分かりもしない。

「まぁいい。悪魔とは、いえ・・・最期に独りで死ぬより、まだ、マシだ」

一瞬だけ穏やかとは言い難い表情を浮かべ老人が呟く。
叫びに近い、独白。
弱々しく掠れてそれは音になったこと自体奇跡に近いものだったが、音にならなかった分の痛々しさが幻の声を紡ぐ。

「少しは──苦しくないように、してくれないか」

最期だから、と老人は笑う。

唯一平等で公平で、必ず与えられる一度きりの福音。
それが死。

最期の願いとやらを聞くために聞こえているかすら分からない耳元に囁く。

「善処しましょう」

聞こえたのかどうか分からないけれど、連れて行ってくれと言わんばかりに最期の力を振り絞って伸ばされた手を両手で包む。


「 ──amen,」

とりあえず俺が存在する所以の男に祈りの最後の言葉を一つ。

握り込んだ手は、やはり枯れ枝のように乾いていた。




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交換雑記より。
夜森マコサンが描いた素敵魅童さんとお題『魅童が初めて人を殺した時にまつわるエトセトラ』を使って書いてみました。
貰って1時間も経たない内に執筆強行、約2時間での即興。
もっそい自己満足、でも楽しかったです。


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