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□parody
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白い壁。
深紅の絨毯。
道標のように煌めくシャンデリア。
しかし先に見えるのは漆黒の闇。

紅は焦った。
壁を伝い進んでいるものの一向に出口が見えない。
曲がり角すらこの空間には存在しない。

もたつく裾を破り捨て、軽くしても足が重い。
気配が何もない。
それが逆に精神を圧迫する。

焦ると同時に記憶が鮮明になる。



白のドレスではない。
着ていたのは黒の修道服。

華奢なペーパーナイフではなく
半身とも言える剣を携え、

人の生気が感じられない美しい館とは程遠い
人の死気が漂う廃墟にいたはずだ。


神に仕える身ながら剣を掲げることが許された者。

何ものにも染まらぬ黒き衣を身に纏い、神の代弁者たる法王猊下への忠誠を以て神の僕を屠る人ならざる者を一掃する修道騎士。

現法王に絶対服従を誓い、その繁栄と安寧をもたらさんが為に最も近い位置での守護を任される鉄壁の楯、それが紅であった。

此度も忠義を尽くすべく、百の村人、十の司教を貪ったと云われる人狼を部下と共に討伐し、帰還の途につこうとした矢先──それからの記憶がない。


何があった。

何故ここにいる。

ここは何処だ。


自らの問いに答えはない。
伝う壁にも終わりがない。

そう思った時、ようやく指が角を掴んだ。
迷わず勢いに任せてその角を曲がる。





「みぃーつけた」





逆さの顔が鼻先にあった。



咄嗟に体を後ろへ反らすと同時にペーパーナイフでその顔に切りつける。
ペーパーナイフとは言え確実に顔が切り裂かれる間合いにいたはずだが、顔の主は平然と紅の数歩前で笑っていた。


「うわっ!!っと、あっぶなっ」


危ないと言いながら慌てふためくでもなく顔の主は己が金髪や黒服を整える。
その様子を紅は睨み付けんがばかりに凝視していた。


「あー、そう怖い顔しないで下さい。折角の美人が台無しですよ、」


にこやかに金髪の少年はその左右が異なる色を呈する目を細めて語りかける。


「『奥様』」


少年の言葉が終わる前に紅はその切っ先を突き付けた。
それを難なく躱し少年は紅の手首を掴む。


「物騒な得物は収めて頂いて、少々お付き合い願えませんかね」


少年はそれ程力を入れていないように見えるが、確実に紅の手首を締め上げその握力を奪っていく。
耐えきれずにことりと鈍い小さな音を立てペーパーナイフが落ちる。

しかしその刹那、突然少年が弾き飛んだ。


「魔矢!」


飛ばされた少年を若葉色の髪の青年が抱き止めた。
先程よりも明らかに空いた距離に二人は佇む。


「おい、大丈夫か?」

「・・・・・・だいじょーぶ、じゃねぇよアホンダラ」


少年に笑みすら浮かべていた余裕はなく、支えられ肩で荒く息をしている。
その唇からは深紅の血が伝っていた。


「畜生、あのアマ、術式仕込んでやがった」


最早口調を改めることもなく少年はよろめきながらも紅を睨んだ。
少年を何とか遣り過ごした紅も無事ではない。
ペーパーナイフを握っていなかったその掌には血の滲んだ生々しい傷跡が刻まれている。


「うーわ、あの姉さんナイフで掌に式書き込みよったんか」

「ったくどーゆー神経してん、だよ。あれで掌底叩き込みやがって」


紅の掌にあるのは退魔の術式。
本来護符や呪具に刻まれ接触によって力を発揮するものだ。
そのようなものなど到底持ちえない紅は自らを以て武器としたのである。


「地味にヤられたわね」


そこに遅れて焦げ茶の三つ編みを揺らす少女が壁をすり抜けて現れる。
ふわりと音もなく二人の傍らに降り立つ。


「ああ、お陰で確実に肋骨三本はイッた」

「その調子だと内臓も?」

「肺にはきてないけど他はイッてるな。紳士的に扱ってこれだぞ、どーすんだよ」

「花嫁は傷つけちゃ駄目だって託けじゃないの。次は夕が行く?」

「串刺し・蜂の巣にしたらあかん言うたばっかりやんか。そりゃ腕の一本、二本もっててええならかまわんけど、無傷は難しいわー。アンジュは?」

「アタシの呪符だらけにしたらみみず腫どころか血塗れよ」

「だったら月(ユエ)喚ぶか?」

「それこそ無傷じゃ済まないわよ。首無し花嫁が出来ちゃうわ」



穏やかでない三人の会談に注視しつつも、紅は徐々にではあるが間合いを空けた。
こちらとて腕の一本、二本の犠牲は覚悟の上だ。
未知数の異形三人相手は厳しいが、見す見す己をくれてやる気など毛頭ない。
おめおめと異形に殺されるくらいなら、首一つになろうが道連れにするのが修道騎士たるもの。
剣どころか護符も銀の十字架もないが、未発動の術式がいくつか残っている。
紅は投げ出されたペーパーナイフを再び掴み取った。





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