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□parody
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「これはこれは、随分と酷い格好じゃないか」




まったく前触れもなく耳元で囁かれた言葉と肩に置かれた手の感触に、紅は固まった。

声の主は真後ろ、それもあの三人ではない。
何故なら件の三人は目の前で同じように驚愕しているのだから。

囁かれるまで、触れられるまで、まったく気付かなかった。
気配が希薄などとてもそうではない。
むしろ禍々しいまで黒い存在感が背中を這い回り足が竦む。


「似合うと思って用意させたのに、あーこんなに破けてるし血も付いてるし」


白い指が無惨に裂けてしまったドレスの裾を摘み上げる。
それを払い除けることすら敵わない。


「流石にウェディングドレスは破るなよ、『我が花嫁』」


まるで睦言のごとく甘やかに紡がれる言葉を聞いた瞬間、紅は固まる体を無理矢理動かし振り返った。



真っ先に映ったのは緋(あか)。
黒髪に遮られ、片目だけが晒された血の瞳。
今にも滴り落ちてきそうな錯覚さえ起こさせる眼が紅を見つめる。
それは紅の視線を受けて愛おしげに細められた。


「・・・・・・貴様は何者だ」


逃げそうになる己を叱咤し、先に言葉を発したのは紅であった。


「今更誰と問うか?『白銀(しろがね)の楯』よ」


数多の異形を屠り、法王を害する災厄の全てを葬ってきた故についた異称を、この赤眼の男に呼ばれて思い出す。



人狼を廃墟に追い込み始末した後、振り返った先にいたのは死線を共に越えた部下達ではなかった。

夜闇に紛れても尚暗く深い闇を纏う男がそこにいた。
その足元には今しがた役目を終えた部下達が無惨に転がっている。

あれは仕留め損ねた人狼か。
いや、人狼はあれ程禍々しいものではない。
闇より底知れぬ闇など持ちえない。
そう、あれは──



「仇討ちにでもきたか、吸血鬼」

「同族でもそう安易に報復しないのは知っているだろう?。血族(クラン)なら話は違うが」


肩に手を置く男が口の端を歪めると人よりも長く鋭い犬歯が覗く。
それは遥か古より神の使徒が仇敵と定めた吸血鬼の証。
思わず身を竦め無意識に離れようとした紅の体を素早く抱き寄せた。


「血肉を貪るばかりの獣になど用はない。俺が欲しいのはアンタだ、紅」


男は紅の頤を掬い上げる。
再び重なった視線に妖艶な笑みを向けるとそのままその花唇へと口づけた。
僅かに開いた唇を割り、舌を絡め深く施される口づけに微かに艶やかな水音が混じる。

だが、男が満足する前に紅は辛うじて握りしめていたペーパーナイフを男の手に突き立てた。
ほんの少し緩んだ腕の拘束から逃れようと男を突き飛ばす。
その反動で紅は三、四歩後ろによろめいてその場に座り込んだ。


「──ったく、とんだじゃじゃ馬だな」


対する男は幾らかふらついただけで事も無げに立っていた。
深々とペーパーナイフが突き刺さった手をぶらぶらと振りにやりと嗤う。
傷口からは一切血が流れず、まるで手の甲から刃が生えているようで気味が悪い。


「おまけに、舌にまで呪式ときた」


流石は修道騎士殿、と揶揄するように吊り上げた口の端からは、決して少量とはいえない血が滴っていた。


「化け物風情に、くれてやるものなど、あるか」


痛々しく嗄れた声で紅は言い放つ。
肉の一片たりとも好きにはさせまいと、万が一の為に舌に刻み込んでいた呪式が効いたらしい。
只の術式と違い、代償が必要だが威力は申し分ないはずだ。
今回は声が対価。しばらくの間喋れくなるだろう。


「何が目的だ、吸血鬼」


その前にと紅は問う。
ここに自分がいる理由を。


「言っただろう。お前が欲しいと。それ以上でもそれ以下でもない」


愚問だとばかりに男は答える。
笑みを深めるその顔は余裕が艶然として際立つ。


言葉で威嚇出来ない代わりに男をきつく睨み付ける。
顔では怯え一つ見せていないが、紅は内心恐怖を覚えていた。

直書きの呪式は代償がつく分威力が高い。
下位種なら接触がなくとも葬ることが出来る代物だ。
舌先の呪式などそれを使う時は殉教覚悟の場面。呪式の中でも破壊力は一、二を争う。
これなら高位種相手でも引けを取らない。
なのにそれを臓腑に食らっていながら男は自力で立っている。
痛み分けにもなっていない。

これ程までに歯が立たない相手を紅は知らなかった。


「欲しい、と言ってもただその肉の器が欲しいんじゃないぜ?」


男は紅の前に歩み寄ると、その腕を掴んで引き上げた。
鼻先が触れそうな程顔を近付けまた笑う。


「その魂まで頂こう」


そう言って晒された白い喉元に口を寄せる。
戯れに甘噛みをすれば声にならない悲鳴がか細く漏れる。


「だからアンタは俺の『花嫁』だ」


最後の抵抗とばかりに男に刺さったままのペーパーナイフを掴もうとするが、その手で簡単に払われた。
払った拍子に抜けたペーパーナイフは鈍い音を立てて赤い絨毯を跳ねる。
もう細やかな反抗も出来ない。


「戯れはこれくらいにしておけ。
それから死のうなんて思うなよ。自害なんぞしてみろ。その時は次に目覚めたらアンタも吸血鬼だ」


でもアンタは自殺はしたくても出来ないか。
何が可笑しいのか分からないが男はうっそりと微笑む。
胸元に咲く薔薇の刺青に指を這わせ、自分のものだと暗に示しながら。

プライドをかなぐり捨ててでもと考え過った僅かな望みすら、この男は読んであまつさえその行動を制した。
刺し違えるどころか誇りある死すら望めない。

言葉にならない後悔と憎悪を、紅は声を失った唇で告ぐ。


失せろ
死にさらせ
忌まわしき吸血鬼よ


聞こえぬ呪詛を男は分かっていながら笑うだけ。


「ああ、まだ名前を言っていなかったな。俺の名は璃王。これからはその愛らしい唇で俺の名を呼んでおくれ、我が花嫁」


自らの名を告げて男──璃王は今一度紅の唇へ口づけた。
誓いをするように優しく降る口づけは、優しさとは裏腹に愛ではなく絶望を刻み込んだ。




【end】







好きなものを書いてみようと思ったらこんなものが出来ました(苦笑)

吸血鬼×聖職者、おまけに異形に囚われの花嫁、所謂厨臭い設定ってこれでしょうか。
久々にマヤマヤ達にも出演してもらいました。
りおさんの従者で人外だけんども。
ちなみに最初の三つ編みメイドがアンジュ、内臓やられかけの金髪が魔矢、若葉頭・関西弁が夕です。
続き書きたい。


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