特殊作品

□短編集
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空遠朗々曲(クウエンロウロウキョク)





さてさて老若男女の皆様方。
これよりわたくしパロットが、ある物語を語らせていただきます。

どうか最後までお付きあいくださいませ。


さて、わたくしは流れの伝導師をやっていた時期があります。
流れですから、あの町この町、様々な所へ参りました。

ある町では、一年中桜が咲いている木がありました。
ある町では、動物が人間と同じように暮らしておりました。

え? わたくしも不思議生命体ですって?

そう言われると少し落ち込みますね……

まぁ、落ち込むのもこれくらいにして、話を続けましょう。


わたくしは様々なものを見て参りました。
特に印象深かったのが、ある町にあった映らない鏡の話です。

そんなの鏡じゃないと言いたいかもしれませんが、本当に鏡だった……らしいのです。

いえ、わたくしが確認したわけではありませんが、最初は確かにちゃんとした姿見だったらしいのです。
しかし月日が経つにつれて段々黒くくすんでいき、最終的には何も映さなくなってしまったと。

……ええ、信じるか信じないかは貴方の自由です。


さて、その鏡、わたくしは特別に触らせていただいたのです。
少々子供達に物語を聞かせましてね、そのお礼にと。

見た目は普通の鏡でした。
何も映さないだけのね。

しかしどうにも気になるのですよ。
そして何を思ったかわたくしは、その鏡を叩いたのです。

コンコン、と。
ノックするように。

すると驚いた事に、ノックが返ってきたのですよ。

ええ、わたくしも信じられなくてもう一度ノックをしたのです。
するとまたノックが返ってきて、声まで聞こえてきました。



誰かいるのですか。



鏡は何も映しません。
ですがその映さない鏡が、初めて人を映したのです。

それはとてもとても美しい姫君でした。

名前は……ああ、わたくしとした事が、忘れてしまいました。
それほど美しい姫君だったと、いう事にしておいてください。

驚き固まってしまっわたくしに、姫君はこう訪ねてきました。



今は西暦何年ですか。



何月何日ですか、と訪ねるならまだ分かります。
しかし西暦で聞いてくるとなると、いよいよ怪しく思えてきます。
いえ、こう言った方がいいでしょう。

この方は人間ではないと思えてくる。

しかしわたくしは正直に答えました。
すると姫君はこう呟かれたのです。



もう三百年ですか……



姫君は中世の人間でした。

ええ、姫君が語られただけで、何も確証はありません。
わたくし達にとっては、遠い過去の話……

しかし姫君の様子に、嘘偽りがあるようにも感じられませんでした。

だからわたくしは聞いたのです。
何故そんな場所にいるのですか、と。

姫君は答えました。



自らが望んだ罰です。



その昔、姫君は大罪を犯されたのです。
自らの大切な人を殺してしまうという大罪を。

はたから見ればそれは事故でした。
しかし姫君は自分を責め、自分に憤り、遂には神に頼んだのです。
大切な人を殺した私にふさわしい罰をお与え下さい、と。

神はその願い通り、姫君に罰を与えました。
鏡の牢獄の中で、半永久的に孤独を味わう事になったのです。

半、永久的に。

つまり外部の、何らかの衝撃で、出られる事も可能なのです。

姫君にそれを聞けば、否定はしませんでした。
ですが姫君はここから出る事を拒みました。

姫君はその時、こう言いました。



例えどれだけ時が過ぎようとも、例えどれだけの人が私を忘れようとも、私を出してくれるのはあの人だけ。
あの人の手以外を取る気はありません。



え? 泣いてないかですって?
いえ、泣いてなどいませんよ。

これは汗です。
こう長く話していると結構疲れますし、今日は暑いですからねぇ。

ええと、ああ、そうそう、姫君が出る事を拒んだ所まで話しましたね。

しかし残念ながら、話はここで終わりなのです。
ここで時間切れがきて、これ以上姫君と話す事が出来なかったのです。

ですから姫君がこの後どうなったか、わたくしは知りません。

未だに鏡の中で罪を悔いているか。
もしかすると、姫君が望んでいた人が迎えにきたのかもしれませんね。

どれも想像なので、本当の事など誰も分かりません。


さてさて皆様、このわたくしめの拙い物語をご清聴頂き、感謝いたします。

これでわたくし、パロットの朗読劇を終わらせて頂きます。





おや? まだいらしたのですか?
もう遅いですよ、早く親元に帰った方がよろしいのでは……


……本当の事が知りたい?
先程の物語の話ですか?

何を言っているのですか。
多少脚色しましたが、嘘など……


ああ、貴方にはごまかせませんね……

ええ、そうです。
嘘、ついていましたよ。

ああ、すみません。
今だけは、感情を溢れさせる事をお許しください……

貴方の考えている通りです……
あの話は……わたくしの、刹那の恋物語でした……

姫君の名前も、ちゃんと覚えています……
恋をした相手の名前を、忘れられるわけがないでしょう……


……教えてほしい、と?

それだけは勘弁してください。
教えられません……

……教えたくないと言った方があっているでしょうが。


……え? まだ嘘をついている事があるだろう、と?

いえ、これが全てです。
これ以上の姫君の事も、その後の事も、本当に知らないのです。


でも、願う事はただ一つですね……


幸せになってほしい。


それだけです……
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