特殊作品

□短編集
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R's





私が笑うと、必ず雨が降る。

それに気付いてからは、どんな事があっても、笑わないようにしていた。

そんな生活を続けている内に、いつからか、感情が表に出ないようになっていた。

それを辛いとは思わない。

私は雨女、みんなとは違う。





外は晴れているのか晴れていないのか分からない、微妙な天気。
それを観察するように、ショウコは教室の窓から眺めていた。

晴れの日でも雨の日でも憂鬱になる彼女にとって、こんな日は滅多に無い安らぎの日。
曖昧な日は、どんな感情を出せばいいのか、分からなくなった自分に似ている気がするから。

その時チャイムがなる。
実は帰りのHR中だった教室は、瞬く間に騒がしくなった。

「ショーコちゃん! 皆でカラオケに行かない?」

黙って帰宅の準備をするショウコに話しかけたのは、クラス一の元気娘、Bis子だった。
歌う事が大好きで、よく友人を誘ってカラオケに行く。
クラス、性別関係なく誘う為、誘われたのもこれが初めてではない。

だが誘いを受けた事は一度も無い。
自分に笑う事は許されないから。

「……行かない。私の事は気にしないで……」

差し出された手を無視して、教室を出る。

後ろから声が聞こえる。


だからあいつ誘うのやめようって言ったんだよ。
あの雨降り女が笑った所なんて、一度も見た事無いしさ。
私達の事なんて、眼中に無いんだよ。


そう、自分にはそう思われるくらいが丁度いい。
あの場所に行って、一人で歌う方がお似合いだ。





あの場所とは、彼女の家の近くにある寂れた公園の事だ。
無駄に広い割には整備が整っておらず、利用する人の数も少ない。
木々も多い為、人知れず歌うにはぴったりの場所だ。

木々に隠れた小さな広場、そこで彼女は歌う。

昔は自分の気持ちに似たような、名前も知らないアーティストの歌を歌う事が多かったが、最近よく歌うのは自分で作った歌だ。
勿論作詞も作曲も自分でしたので、完成度はいまいちだが、個人的には気に入っていた。


空は依然としてはっきりしない天気。
それでも彼女は歌い続ける。
その綺麗な声は、木々のざわめきによって殆どかき消されていたが、彼女は気にしない。

ここにいる時だけが、自分が自分でいられる時。
こんな自分を分かってもらおうなんて、考えてもいない。

否、ここで歌を歌い続ける限り、分かってもらおうとする努力なんてしない。

それに気付いている。
でも変えない、変えたくも無い。

このままで十分。
私は一人きりが、似合っているから。



 パチパチパチ…



急に聞こえた初めての拍手。
それに驚き、思わず身を縮ませる。

「突然で悪かった。あまりにもいい声出すからな。そこらのシンガーよりも、上手なんじゃねぇか?」

草木を分けながらショウコに近付いてきたのは、『D』と書かれたバンダナを目にかぶせ、ペールブルーの長髪を一部だけ赤く染めた、ロック系の人だ。
背中にギターを背負い、バンドをしているという事が分かる。

「あんたの名前は?」
「……ショウコ……、蒼井硝子……」

名前は?と聞かれて、正直に答えたのは何年ぶりだろう。
兎に角彼には、何故か逆らえなかった。

「ショウコ、ね。俺は……訳あって本名は言えねぇけど、Dって呼んでくれ」
「D……って、まさかあの、最近期待されてるギタリストの?」
「よく知ってるじゃねぇか」

テレビを見ている人なら誰でも知っている、最近テレビを出ない日は無いほど知名度が上がっているギタリストだ。
活躍し始めて間もないのに、あのメタルシーンの生きた伝説といわれるギタリスト、ダミやんと互角で張り合った事もあり、もう金字塔を打ち立てている。

「そんな人が何でこんな所にいるの?」
「へーえ、俺の正体知っても騒がなかった女は初めてだな。まあそんな事よりも、色々と事情があってな、偶然この近くに来たわけよ。そしたら立派な掘り出し物を見つけたわけ」


……掘り出し物?


彼はじっとショウコを見ている。
普通はそれで何となく気付く筈だが、普通から離れた所にいる彼女は首をかしげた。

「こんな何も無い所に、年代物なんて無い筈だけど」

今度はDが狐につままれたような顔をした。
その顔を見て、思わずショウコは吹き出す。


「おかしな人ね」


そう言ってしまった後で、はっとした。

笑ってしまった。

空を見上げれば、段々曇っていく。
この様子では直ぐ雨が降り出すだろう。

「直ぐに雨が降り出すわ。貴方も早く帰った方がいい」

そう言って、ショウコはその場から逃げるように走っていく。

後に残されたDは、彼女の姿が見えなくなると、バンダナを下ろし空を見上げる。
丁度ポタリと一滴の雨が顔に当たり、小雨が降り出した。

「……可愛い顔してるのに、勿体ねぇ」

呟きながら木の下に行くと、デジタルカメラを取り出す。
その画面にはいつ取ったのか、ショウコの微笑んだ顔が映っていた。

「さてと、どう帰ろうかね……」

本格的になってきた雨を見ながら、彼の口元は微かに笑みを浮かべていた。
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