特殊作品

□短編集
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Fire Tree





クリスマスに大晦日に正月。
行事が集中する年末には、比例して火事が起こる事も多くなる。
冬の空気は乾燥しているから、尚更起こりやすくなる。

そんな家に向かうのは、いつも気分が重い。

天国から地獄。
楽しみから悲しみへ。
呆然と見つめるしかない大人、泣き叫ぶ子供。
見ているだけで胸が締め付けられる。

炎は苦手だった。
おかしなものが見えるから。

だがいつしか嫌いになった。
なくなるまで奪っていくから。

「だから少年、仕事の後はほぼ確実に疲れてるんだ。勝手に入って食べ物を漁るな!!」
「んーおかえりスティーブ、あとおじゃましてまーす」

思い切り訴えをスルーする台詞に、スティーブは肩を落とすしかない。
本日12月21日、クリスマスイブ三日前。

特にクリスチャンでもないスティーブは、多くの日本人と同じようにお祭りとしか認識していない。
競も同じなのか、恐ろしいぐらいに態度が普通だ。
お祭り好きだと勝手に思っていた自分が恥ずかしい。

騒がずとも、ケーキぐらいはねだられると思っていたのだ。

「そんなに火が嫌いなのか? 寒いから丁度いいのに」
「それ、家無くした人に言ってみろ。半殺しにされるぞ」
「そーいうのって殆どが不注意だって聞くぞ。使い方間違えなきゃこんなにも友達なのに。なぁ?」
「止めろ! 室内で火を出すな!!」

突然競の付近が明るくなったと思ったら、彼の手のひらには野球ボール大の火の玉が浮かび上がっていた。


彼は超能力者、というものらしい。

それを聞いた瞬間には何を馬鹿な事を、と笑い飛ばしたが、むっとした競に懇切丁寧に説明された。
曰く、超能力者とは弱い魔術師の事で、一種類だけだが魔法が扱える存在の事らしい。

そう言われても、やはりスティーブにはオカルト系としか思えず、笑っていなしたものだ。

だが火を扱う事が出来ると知った時からはまた別だった。

火に対し、一種トラウマに似た感情を持つスティーブ。
そんな火を自由に扱う競は、彼にとって恐怖の対象にしかならなかった。


「大丈夫だ! 俺が燃やそうと思ったのしか
「そういう問題じゃないんだ馬鹿野郎!! とっとと出てけ!!」


自分でもびっくりするぐらいの大声。
競も驚き固まって、辺りは妙な空気が漂う。

「いや、その……」
「……邪魔だった? 俺……」
「ちが……っ」
「悪いっ! お邪魔しましたっ!」

その顔は笑顔だったが、とても傷ついているのが丸分かりで。

呼び止める事もできずに、ばたん、と扉は閉まった。

「……最低だな、俺」

自分のトラウマなのに、他人に八つ当たりをして。

そう自覚はあるのに、謝罪の言葉が喉に詰まって出てこなかった。




それから、十二月二十四日。
クリスマスイブ当日。

その間スティーブの前に、競は姿を現さなかった。
以前は事あるごとに彼に押し掛けてきたというのに。

何かあったんだろうか。

気になって気になって連絡を取ろうと思ったが、その時点になって奴との連絡手段を持っていない事に気付いた。

電話番号を知らない、メールアドレスも知らない。

自分達の関係は、競が押し掛けてくる事で成り立っていたのだと、此処で漸く自覚した。

「ちくしょ、あいつはどこ行ったんだ……」

意味がない携帯電話をしまいかけた時、

「気になる? 競の事」
「うわっ競……じゃねぇな、走か?」

驚いて見た先には、競そっくりの青年がいた。

多少髪の色素が薄い彼は走。
競の双子の弟だ。
彼は怒っているかのようにスティーブを睨みつけてくる。

……否、実際怒っているのだろう。
彼はきっと兄からスティーブとの近況を聞いている。
ややブラコンの気がある走にとって、今のスティーブは敵でしかないのだろう。

もしかして殴りにきた?
年下に負ける気はないが、流石に乱闘は避けたい。

「えーっと……、競から何か伝言とか頼まれてないか?」

で、結局口から出てきたのは、また別の意味で怒らせそうな言葉。
兄弟そろって短気なものだから、今度こそ切れるだろうなと頭の何処かで思ったが、ぐっと噛みしめた走は比較的冷静な声で言う。

「競は、ここにいる」

そう言って目の前に押しつけられたのは小さいメモ用紙。
その後さっさと何処かへ行ってしまい、詳しい事は聞けなかった。

仕方なくそのメモ用紙を見る。


『音川沿いの木の下』


これだけ。

「……おいおい、あそこに何本生えてると思ってるんだ」

他にも色々な愚痴が脳内を駆けていったが、何となくぴんと来るものがあって口を閉じる。

多分、あの木だ。
桜の木が殆どを占める音川沿いの木の中で、数本だけ混じるようにある杉の木の下。

其処の何処かに、競がいる。





彼を捜して大分経ってしまったのだろう。
音川に着いた時、気がつけば周囲は暗くなっていた。

時間自体はまだ五時過ぎだ。
やっぱり冬は日が暮れるのが早いと改めて思う。

さて、競は……


「スティーブぅぅーーー!! 走から伝言受け取ってくれたんだなぁぁーーー!!」


……いた。
とある杉の木の下で、ぶんぶんと大きく手を振っている。
しかも満面の笑顔。

こいつは数日前の事を忘れたのか?
というか、こんな寒い日に半袖半ズボンといういつもの格好を何故できる。

「わざわざ走の奴にメッセージ渡して何する気だ?」
「俺、スティーブに火を好きになってほしいから、ずっと考えてたんだ!!」

微妙に会話が繋がっていないその大声に、煩いの他にも思いながら眉をひそめる。

奴は……何をする気だ。


「スティーブ消防士だから、火が大っ嫌いなのも知ってる!! でもさ、怖がるだけものじゃないんだぜ!!
火は────友達なんだからな!!」


ぶわ、と、辺りが真っ白になった、気がした。
そう感じたのは、競の背後にある杉の木が燃え上がったからだ。

競が危ない。

瞬間的にそう思い走り出したが、すぐに失速して立ち止まった。

火は木を燃やしていない。
木を包み込むように螺旋を描く火は、様々なパーツに変化した。

玉状、リング状、形容できない形。

ぼんやりとそれらを眺めて、唐突に気付いた。


「……クリスマスツリー……」


競がにっと笑う。
その間にも火は形を変え、様々なクリスマスツリーを作り出した。

綺麗だ。

純粋にそう思う。

火は嫌いだ。
全てを奪っていくから。

だがこの火は暖かかった。

包み守るような、聖火。

スティーブは、いつしか泣いていた。

「スティーブっ、そんなにイヤだった? 俺、また余計な事……」
「違う……違うから、競……」

目の前に走り寄ってきた競を、ぎゅう、と抱きしめる。


「ありがとな」


彼が驚きで体を固くしたのが分かった。
だがそれも一瞬の事で、自分以上の力で抱き返される。

きっと今、競は満面の笑みを浮かべている。

それが見なくても分かった。










────

メリークリスマス!なのです!

一年のブランクを越え、漸く日の目を見る事が出来たこの作品。
実際には半年近くかかりました。
長っ。
あまり考えずに書き始めた結果です。因果応報です(使う場所違う)。
まぁ、完成したので結果よければすべてよし、ですよね?

H22/12/1

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