特殊作品

□短編集
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Ring,Ring,Ring. St.Bell





ひゅう、と吐く息は白く濁って見える冬の夜。

寒空の下、デイヴは屋根の上からクリスマス一色の街を見下ろす。

「……お祭り好きなだけのくせに……」

彼はそう吐き捨て、屋根の上から姿を消した。





現代、人間は夢を見なくなった。

全ての物事が化学で証明され、現実と化していく現状。
そうして不可思議な存在は信じられなくなっていく。

人間は知らない。
信じられなくなればなるほど、その不可思議な存在は力を失っていく事を。

彼らの力の源は『夢』、想像力だ。
信じる人が少なくなればなるだけ、力が弱くなる。


サンタクロースもその一つだ。
一昔前は、子供達の希望に合わせ、どんなおもちゃでも創り出せた。

……だが今は、存在すら危うい。
其処にいるだけの存在。

サンタクロースの数も減った。
昔は一つの街に十人以上いたのに、今この街にはデイヴしか残っていない。

その彼も、大した力は持っていない。
せいぜい人に隠れて移動する事と、一時の夢を見させる程度だ。


力が出ない。

きっともうすぐ、自分も消えるだろう。


「……何でだろーな、全然怖くねぇや……」


街はクリスマス一色。
なのにサンタクロースの存在は消えていく。

もう現実は必要としていないのだ。
不確かな存在の奇跡を。


必要では、ないのだ。


「……関係ねーよ」


必要ないから消える。
ただそれだけの事。

使いないものがあったって意味がないのだ。
其処に悲しみはない。

……筈なのに、如何してこうも胸が痛いのだろう。


「………サンタさん?」
「え……」


思わず反応してしまった。

今いる場所は屋根の上。
其処とほぼ同じ高さから、如何してその単語が?

「やっぱりサンタさん! 本物だぁ……」

……見ている。
思い切り此方を見ている、窓際の少女。

「もしかして、術切れてる……?」

否、それはない筈だ。
右方向に同じ様に窓から外を見ている少女がいるが、其方は何も反応していない。

つまり見てくる少女が特別なのだ。

「……お前、」
「んぅ?」
「何で俺がサンタだと思った?」

可愛らしく、こてんと首を傾げる少女に問いかける。

すると少女はニコリと笑い、言った。

「格好」

何て単純な理由。
思わず少しこけてしまった。

「私、フロウフロウ。貴方は?」
「……デイヴ」
「デイヴ、あのね……あ、寒くない? こっち来て、何か話そ?」

気付いた。
雪が降り始めていた。
確かに半袖、短パン姿は、人間から見て寒い姿なのだろう。

自分は特に何も感じなかったが、行為を無碍にするのも悪い気がして、部屋に上がらせてもらう事にした。

「……ここ、病院だったのか……」

ぴっ、ぴっ、と定期的になる機械音。
フロウフロウの腕に繋がる点滴。

分かる。

彼女の命も長くない。

「病院だよ。弱った人達が押し込められる所」
「弱った人達?」
「んとね……ここにいる人達、寝たきりが多いの。でも医者の数少ないの」

成る程。
つまり見捨てられた末期患者の収納所か。

フロウフロウは言語が足りなくとも、それに気付いている。
まだこんなに、幼いのに。

「こっから出た事、ないのか?」
「出た事?」

んー、と考えるフロウフロウ。

「あると思うけど」
「思うけど?」
「覚えてない。外に絶対出るなって言われてるし」
「誰だよそんな事言ったの。益々不健康じゃねぇか」
「お父さんとお母さん」

眉を寄せたのは言うまでもない。

「……その両親、最近見舞いに来たか?」
「ううん、だってお父さんもお母さんも忙しいもん」

……やっぱり。
そしてそれを当然の様に受け止めているフロウフロウが可哀想だ。

そんな事は口にしないけれど、顔に出さずにいられなかった。

「どうしてそんな顔するの?」
「……お前、つらくないのかよ」

未来なく、小さな鳥篭に閉じ込められた小鳥。

苦しいとも寂しいとも泣き言を言わず、全てを受け入れて。

それはあまりにも……悲しいではないか。


決意して、彼女に問いかけた。


「サンタの奇跡、欲しいか?」


文法的に間違っている様に思うが、これで正しいのだ。

奇跡が欲しいか?

今はもう弱くなってしまった奇跡。
夢でしかない奇跡。

それが、欲しいか?


「フロウフロウ、夢欲しいか?」
「…………欲しい」


フロウフロウの目から、大量の大粒の涙。

それはまるで、今まで我慢してきた事を溢れさせる様に。


「欲しい……欲しいよっ。夢でもいいから……会いたい!!」



  パチンッ



指を鳴らす音。

フロウフロウの中にある何かが、すとんと落ちた。


「あれ……?」


気付けばクリスマス一色の町の中。

幸せそうな人達が隣を通り過ぎるのを見て、自分の存在がとても場違いに思えた。

だけど、


『フロウフロウ』


自分を呼ぶ声。

どこから?


『帰るわよ。早く来なさい』


少し離れた場所。

並んで此方を見ている二人は、確かに……


「っ、お父さん! お母さん!!」




  ピ───────



機械音が鳴り響く。
ベッドの上で寝ているフロウフロウは、もう息をしていない。

だがその表情はどことなく幸せそうだった。


開きっぱなしの窓から、外へ飛び出す。

この奇跡を知る人は、自分以外にいない。

それでいいと思った。
奇跡は知られない方がいい。

例え自分が消える事になっても。

「さぁて、久々に仕事したし、どうしよっかなぁ」

次のクリスマスには、きっと自分はいない。

その時に……奇跡を受け取った彼女に会えたらいいな。
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