特殊作品
□短編集
40ページ/61ページ
君への恋文
ミシェルが感情を乱している姿を、文彦は見た事がない。
いつもにこにこと笑い、本に集中している時は無表情で、だいたいその程度。
何が起こっても笑んだまま冷静に対応する彼に、文彦は疑問と不安を持っていた。
自分は、感情をさらけ出すのに相応しくないのではないのかと。
「僕は、信頼、されてないのかな……?」
信用と信頼は別物だ。
彼は信用はしていてくれても、信頼はしていないのかもしれない。
好きだという自覚があり、好かれているという自惚れがあるから、それが本当だとすると身を切られたようにつらい。
「…………よし!!」
暫く悶々と考えていた文彦だったが、やがて決心して外出準備を始めた。
ミシェルが館長を勤める音町図書館。
だが今日は休館日だ。
その時のミシェルは、裏にある家に引き込もっている。
その家は、
「はぁ……相変わらず凄いお屋敷……」
それはもう、何処ぞの金持ちの家だ、と言いたくなる豪華な家で。
本人からしてみれば、そんな大層なものではないらしいのだが、日々アパート経営で漸く食べている文彦には、いつ見ても尻込みする光景だ。
「……っと、こんなところで立ってるだけじゃ怪しいよね」
ミシェル本人から勝手に入っていいという許可は取ってある。
それでも実行するのは今回が初めてだ。
少しの緊張と、悪戯心に胸を高鳴らせながら、彼がいる筈の書斎に向かう。
カチャ……
小さな音を立てて扉から覗き込んだ先には、予想通りミシェルがいた。
しかも背中を向けている。
好都合だ。
そっ、と音を立てないように、気付かれないように。
ある程度近付いたら、一気に距離を詰めてミシェルに抱きついた。
ミシェルの肩がびくん、と跳ね上がり、見開かれた目が文彦の姿を捕らえる。
成功した!
そんな嬉しさで口元を綻ばせたが、長くは続かなかった。
「文彦? 急に訪問してくるなんて珍しいですね」
いつもと全く変わらない、普通の態度に元通り。
少し膨れてしまったのは、仕方のない事だと思う。
「ミシェルさんって鉄仮面ですね、笑顔的な意味でっ」
頬を膨らませてそっぽを向く。
子供っぽいとは思うが、こういう態度をとらずにはいられない。
「ふふ、どういう意味ですか?」
「僕に笑顔以外の顔を見せてくれないという事です」
ぎゅう、と力一杯彼を抱き締めて、本当に不機嫌そうな声で責める。
好きだから、色々な表情が見たい。
それは間違っている?
「僕はもっと、ミシェルさんに近付きたいのに……」
好き、だから
背中に指を滑らせる。
「ッ……!?」
背中に書かれた言葉に気付いたミシェルが、これ以上ないほど動揺している。
目を見開き、泳がせ、汗をかいているさまは、普段の自分を見ているようだ。
「……ふはっ」
「ふ、みひこ! 笑わないで下さい!!」
「だ……だって……っ」
「……文彦?」
ミシェルは文彦を胸元に抱き寄せる。
「どうして泣くんですか?」
文彦はその格好のまま、首を横に振った。
何故なんて、理由は決まっている。
「嬉しいからです」
「……そうですか」
ミシェルにとっては訳が分からないだろう理由。
だが彼は問い直そうとはせず、ただずっと抱き締め続けただけだった。
加筆修正 H24/3/26