特殊作品

□短編集
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君への恋文





ミシェルが感情を乱している姿を、文彦は見た事がない。

いつもにこにこと笑い、本に集中している時は無表情で、だいたいその程度。

何が起こっても笑んだまま冷静に対応する彼に、文彦は疑問と不安を持っていた。

自分は、感情をさらけ出すのに相応しくないのではないのかと。

「僕は、信頼、されてないのかな……?」

信用と信頼は別物だ。
彼は信用はしていてくれても、信頼はしていないのかもしれない。

好きだという自覚があり、好かれているという自惚れがあるから、それが本当だとすると身を切られたようにつらい。


「…………よし!!」


暫く悶々と考えていた文彦だったが、やがて決心して外出準備を始めた。





ミシェルが館長を勤める音町図書館。
だが今日は休館日だ。

その時のミシェルは、裏にある家に引き込もっている。
その家は、

「はぁ……相変わらず凄いお屋敷……」

それはもう、何処ぞの金持ちの家だ、と言いたくなる豪華な家で。

本人からしてみれば、そんな大層なものではないらしいのだが、日々アパート経営で漸く食べている文彦には、いつ見ても尻込みする光景だ。

「……っと、こんなところで立ってるだけじゃ怪しいよね」

ミシェル本人から勝手に入っていいという許可は取ってある。
それでも実行するのは今回が初めてだ。

少しの緊張と、悪戯心に胸を高鳴らせながら、彼がいる筈の書斎に向かう。



 カチャ……



小さな音を立てて扉から覗き込んだ先には、予想通りミシェルがいた。
しかも背中を向けている。

好都合だ。

そっ、と音を立てないように、気付かれないように。
ある程度近付いたら、一気に距離を詰めてミシェルに抱きついた。

ミシェルの肩がびくん、と跳ね上がり、見開かれた目が文彦の姿を捕らえる。

成功した!

そんな嬉しさで口元を綻ばせたが、長くは続かなかった。


「文彦? 急に訪問してくるなんて珍しいですね」


いつもと全く変わらない、普通の態度に元通り。
少し膨れてしまったのは、仕方のない事だと思う。

「ミシェルさんって鉄仮面ですね、笑顔的な意味でっ」

頬を膨らませてそっぽを向く。
子供っぽいとは思うが、こういう態度をとらずにはいられない。

「ふふ、どういう意味ですか?」
「僕に笑顔以外の顔を見せてくれないという事です」

ぎゅう、と力一杯彼を抱き締めて、本当に不機嫌そうな声で責める。

好きだから、色々な表情が見たい。
それは間違っている?


「僕はもっと、ミシェルさんに近付きたいのに……」


好き、だから


背中に指を滑らせる。


「ッ……!?」


背中に書かれた言葉に気付いたミシェルが、これ以上ないほど動揺している。

目を見開き、泳がせ、汗をかいているさまは、普段の自分を見ているようだ。


「……ふはっ」
「ふ、みひこ! 笑わないで下さい!!」
「だ……だって……っ」
「……文彦?」

ミシェルは文彦を胸元に抱き寄せる。


「どうして泣くんですか?」


文彦はその格好のまま、首を横に振った。

何故なんて、理由は決まっている。


「嬉しいからです」

「……そうですか」


ミシェルにとっては訳が分からないだろう理由。

だが彼は問い直そうとはせず、ただずっと抱き締め続けただけだった。










加筆修正 H24/3/26
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