特殊作品

□短編集
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一つの終焉の答え





かみさま、どうか。

ねがいをきいてください。

いきてほしい。

それだけなんです。








締め切られた薄暗い部屋に一人。
朝早い所為か、外から雀の鳴き声が聞こえてくる以外、何の音も聞こえない。

「また、ダメだった」

今度ははっきりとした声。
それはまるで自分に言い聞かせるかのようだ。

「なぁ、もう認めてくれよナカジ。俺は死ぬんだ。俺『が』死ぬんだ。それでいいだろ?」

そうして彼は沈んでいく。
記憶の海の底へと。

この、終わらないタイムループが始まった、『最初の八月十五日』を思い出す。


八月十五日、午後十二時半ぐらい。
バイトが終わって、暇になって、昼食としてコンビニのおにぎりを公園で食べていた。

何故こんな夏真っ盛りな日にわざわざ外で食べていたのか、今となっては思い出す事は出来ない。
ただ単純にそんな気分だった、というだけだろう。

其処にナカジがきた。
半袖ではあったが、いつも通りマフラーをつけていて暑そうで。

頑固だなぁ、と苦笑したのをよく覚えている。

「……暑いなー……」
「夏なんだから当たり前だろ」
「ナカジの方こそ暑そうなくせに」
「まだ平気だ。一日中冷房当たってる貧弱な奴と一緒にすんな」

何故かむっとした。

彼の台詞は、不特定多数の人間を指している事は分かっていたのに、何故か自分に向けて言われた気がしたからだ。


「そーかよ!」


そう吐き捨てて、公園を飛び出す。

ナカジはどうしてリュータが不機嫌になったのか、全く理解できなかっただろう。
リュータ自身、感情的に動いていただけなのだから、他人のナカジに尚更分かるわけがない。

感情的に動いていただけだから、赤に変わった横断歩道に突入した事に気付かない。


「リュータ!!」


珍しい、ナカジの焦った声。

直後の、



 キキーッ



激しいブレーキ音。

リュータの体は押し出され、前のめりで倒れる。

そして、今まで生きてきた中で聞いた事もない、何かが潰れる音。

「え……え……?」

訳が分からなかった。

何故側でトラックが止まっている?
何故周囲の人が集まる?
何故……ナカジは血塗れになって倒れている?

分かるのは、全て自分が引き起こしたという事だけ。

「うぁ……あ……」

実によくある不幸な出来事。
とある夏の日。
街の一角の交差点にて。

絶望の悲鳴が上がった。


「俺が死ぬ。それでナカジが生き残れる」

それでいいのだ。

また始まる『八月十五日』に、もう数えていない何百回目かの覚悟を口にする。

膝の上の猫が「それで本当にいいのか」と、抗議するように鳴いた。








八月十五日、午後十二時半くらい。

「でも、まぁ、夏は嫌いかな」

疲れた声になっていないだろうか、諦めた声になっていないだろうか。
この言葉を言わない『八月十五日』もあったが、それでもほとんどの日でこの言葉を言っていた気がする。
ほとんど口癖のように、惰性で言っていたに過ぎないのだけれど。

「……何でなのか聞いていいか?」
「何でって、暑いし」

「それだけじゃないだろ」
「何言って……」


何これ、何これ。

こんな展開、今までに一度もなかったのに。


その時、膝の上にいた猫が飛び出した。
反射的にそれを追いかけて、手を伸ばして、


「もう、止めてくれ」


ナカジに、腕を掴まれた。

猫の後ろ姿が遠のく。
ナカジを生かす為の手段が、離れていってしまう。

それでも追えなかった。
彼が絶対に離さないと、痛いぐらいに腕を握りしめていたから。

「もういい。もう、十分だ」
「な、にが……」
「今朝兄貴に怒られた。いつまで苦しめ続けるつもりだと」

兄がいたのか、初耳だ。

「全部思い出した。死ぬ度にリセットされてた記憶も、全部だ。だから、もういい。お前が犠牲になる必要はない」
「違う! 俺が悪いんだ! 俺が癇癪起こしたから、ナカジは……! だから、だから俺が、」

「お前がやってる事はただの自己満足だ」

ひう、と喉が鳴る。

否定できなかった。
本当は心の何処かで気付いていた。

これが本当にナカジの為になるのか、ただ自分の罪悪感を消したいだけではないか。

「俺が納得してやった事をお前は帳消しにしてる。それが俺をどれだけ侮辱してるのか分かってるのか」
「俺、は……」
「俺はお前に生きてほしい。それに俺はどちらにしろ『未来』はない」
「…………」
「俺を守ろうとしてくれた気持ちは痛いくらいに分かる。俺もお前を守りたいから。ありがとう、その思いは素直に嬉しい」

不器用に笑うナカジの顔を見て、涙腺が決壊した。

腕を放されていた事にも気付かず、泣きじゃくる自分の姿は、彼にどう見えているのだろうか。


「助けたかったんだ」
「ああ」
「どうしようもなくても、認めたくなかったんだ」
「分かってる」
「ただ、生きててほしかった。生きてほしかったんだ……」
「リュータ、」


公園へ突っ込んできた暴走トラック。
それは真っ直ぐと、向かい合うリュータとナカジに向かってきたのだった。








『だから夏は嫌いなんだ』


ナカジの姿をした『陽炎』が、酷く憎々しく吐き捨てる。
その視線の先には騒然となっている公園があった。

「お疲れさん」

その隣にふわり、と降り立ったのは、真夏日には暑苦しい、紺の長袖とマフラーをつけた少年……MZDだった。

「悪かったな、ヤな役押しつけてさ」
「押しつけられたとは思ってない。弟の面倒を見るのが兄の役目だ」

『陽炎』に一瞬ノイズが走ったかと思えば、瞬く間に黒い羽織に眼帯をつけた男性、マサムネの姿になった。

その足下に駆け寄る猫。
彼がそれを拾い上げれば、また一瞬で白い鳥となった。

「例えこの時点でリュータが身代わりになっても、ナカジは助からねぇ。事故か、何かが必ず起こって、夏休み中にどうしたって。これは決定事項……運命と呼ばれるものだ。それをナカジに教えたのか?」
「何してもいいから終わらせろと言ってきたのはどこのどいつだ。……この現象はナカジの中途半端な魔術の才能と、リュータの深い絶望が合わさって出来た空間。どちらもが心から納得しない限り壊せれない」
「リュータは納得したかな?」

公園には救急車が到着していて、かろうじてトラックの直撃を免れたリュータが運ばれていく。

ナカジの方は……言うまでないだろう。

「納得はしてないだろう。ナカジの思いを、尊重しただけだ」
「ま、納得はこれからゆっくりしてけばいいさ。時間はたっぷりある」


二人の姿がかき消える。

実によくある不幸な出来事。
とある街の一角にて。
物語は終幕を迎える。










────

『トラジェディデイズ』の続きっぽい物。
うちのキャラ設定にあわせた終わり方をさせてみました。
本編は間違いなくこんな単純なものではない。
(カゲロウデイズ、現在売られている二巻まで既読済み)
この作品を書いて、何となく悟った事があります。
サイバーとタローをBLカプにするのもう無理だ。(キリッ)
リュサイとナカタロ派だったんですけど、多分これからそれは書かずに、ナカリュ+サイ+タロを書き続けると思われ。

H25/1/5

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