特殊作品

□短編集
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戦闘的競争曲





誰もいない筈の部屋から、ピアノの音が聞こえる。

否、ピアノだけではない。
様々な楽器が曲を奏でている。

どうして、無人の部屋から……

確認して、ああ成程と思った。
たった一人、ペンを動かす男が立っている。

スモーク
天才と呼ばれる存在。

「ここで何をしている?」

ペンを動かす手を止める。
それと同時に曲も止まった。

何時見ても素晴らしい力だと思う。
空中に曲を書き込む事により、音楽を奏でられる力。

MZDによれば、これは『才能』と呼ばれる力だそうだ。


『鐘』の人
能力『舞曲』
音を支配する力


……結局、MZDの言う事はいまいち分からなかったが、素晴らしい力を持っている事だけは分かった。

「自由に奏でるのは構わないがな、音符は楽譜に書け。大量に持ってるだろう」

机の上に乗っている楽譜を叩く。

見れば真っ白だ。
恐らくずっと力を使っていたのだろう。


ふと、彼が何も言ってこない事に気付く。
見ればグリーンをじっ、と見つめていた。

「……何だ?」
「不思議な人だな、あんたは。俺の力を見て何も言わないなんて」

そう言えばそうかもしれない。
だが、

「音楽の神の存在を知っているんだ。それに比べれば、お前の力なんぞ小さなものだ」



 ポーン



部屋にあったピアノの鍵盤を押す。
それで思い付いた。

「なぁ、お前のその力と私のピアノの腕、どちらが上か勝負してみないか?」
「薮から棒だな」

そうは言うものの、スモークは面白そうに笑っている。

「泣き事を言うなよ?」
「どっちが」

挑発し合い、双方曲を奏で始める。
最初は穏やかに、しかし徐々に激しく。

絶え間なくピアノの音が鳴る。
部屋中に音符が飛び交う。

グリーンの音がスモークの音を追い越し、スモークの音がグリーンの音を追い越す。

圧倒される光景。

二人は互いの音楽のみを聞き、一心不乱に鳴らし、書く。
額から汗が滲み出し、飛び散る。


しかし唐突に終わりがきた。



 バチン!!



「ッ……!?」

弾かれた様な音がし、スモークの持っていたペンが床を転がる。
能力の酷使で、集中力に限界がきたらしい。

周囲を飛び交っていた音符が空気に混じり消える。
残るはグリーンの奏でる音だけ。

「っ……ははっ……」

グリーンはきりのいい所で鍵盤から手を離し立ち上がる。
そして右手を摩っているスモークに近付いた。

「どうやら私の方が上らしい……ッ!?」



 ドサッ



背中に衝撃がきたと思ったら、目の前にスモークの顔があった。
押し倒されたと気付いたのは、その数秒後だ。

足が空中に浮いている事から、机の上に押し倒されたようだ。

「……どうした?」
「……否、何も……」

スモークが本気でない事は気付いている。

押さえ付ける手に力が篭っていない。
押し退けようと思えばいくらでも出来る。

……だが、スモークの複雑そうな顔を見ていると出来なかった。

「何でもないのに押し倒したのか? そんな複雑そうな顔もして」
「……悪かった」
「謝ってほしいわけじゃない」

益々顔を歪めるスモーク。
どんな反応を返すべきか迷っているという所か。

色々な方向に視線を漂わせて口を濁す。
それを暫くした後、彼は頭を掻いて漸く言葉を口にした。


「天才の名をほしいままにしてきた俺が、嫉妬なんてな……」


これには流石に驚いた。

「……成程。だがよかったじゃないか。その様子じゃ初めてなんだろう」
「そりゃ、まぁ……」
「そういうのが人を伸ばす。感じる事がなければ、つけ上がるだけだ」

かつて自分もそうだった。
他人を見下してばかりで、上を見ようとはしなかった。

それを思い出してふっ、と苦笑した。

「周りをゆっくり見渡してみればいい。結構色々なものが見えるぞ」
「そうか……そうだな……」

完全に押さえ付けられる力がなくなる。
身を起こして、その隙間から抜け出そうとした。

────が、


「……スモーク、離してくれ」

肩に手がかかる。
不審に思い振り向いた瞬間、口許に何かが触れた。

「決めた。あんたを俺のものにする」
「は!? なっ……何を馬鹿な事を!!」
「冗談じゃない。安心しろ、俺はバイだ」
「そういう問題じゃない!! 離せ!!」
「出来ない相談だ」

まさかこんな目に遭うとは……

言い寄ってくるスモークを拒絶していたがしかし。
その反抗が本気でない事に、本人は全く気付いていなかった。
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