特殊作品
□時と狭間と輪廻の輪
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『舞人の末裔』〜キトとチチカカ〜
昔々のお話。
ある所に『太陽の民』と呼ばれる一族がいました。
彼らは古くより伝わる邪神『チチカカ』を模した仮面を中央に据え、『チチカカ』の怒りを治める為に年に数度仮面の前で舞を捧げていました。
ところがある日、一族の中から裏切り者がでました。
彼の名前は禁忌として伝わっていません。
ただ極彩色の髪を持つ男という事だけが残されています。
彼は妖術を用いて『チチカカ』の力を呼び出し、一族の村を一面焼け野原にしました。
仮面は行方不明、一族は散り散りになり。
それから時は流れ、邪神に捧げる為の舞は金を稼ぐ道具と墜ちました。
矜持をなくした一族は、邪神の仮面を探そうとしないまま、誇り高い舞を見せ物にしています。
キトが生まれる前から伝わる、一族の歴史のお話。
「まずい……。迷った……」
否、訂正。
昨日から迷っていた。
現在キトは、日の光さえも通さない深い森の中をさまよっていた。
かろうじて隙間から漏れる日の光で、太陽が昇っている事は確認できるものの、今それがどの位置にあるのかさっぱり分からない。
せめて少しだけでも確認できれば、方角などが分かるのに。
はぁ、と一息ついて、ふと手を置いていた木を見た。
其処にはアンクのような傷が、真新しく残っていて。
無意識の内にぎり、と奥歯を噛みしめていた。
これは昨夜眠る前に付けた傷だ。
つまり今日出発した地点に戻ってきてしまったのだ。
絶望を覚えるには十分だった。
昨日からずっと同じ場所をぐるぐる回っていたかもしれないと思うと、もう動きたくもなくなる。
こんな事になるなら、横着せずに遠回りすればよかった。
『この森は夜の神に守られている』、その村人が言った言葉を素直に聞いておけばよかった。
自分は『太陽の民』の末裔だからと、都合のいい考え方をしなければよかった。
全て後の祭りだ。
これからどうなる?
旅をして長いから、一日パン一切れでもやり過ごす事は慣れている。
しかしそれがこれからずっと続くとなると大問題だ。
食料なんてどれだけ節約しても消えていく。
木の芽などで繋いでも限界はある。
特に水は絶対に必要だ。
人は水がなければ三日も生きていけない。
その肝心の水が、もう……
──────ッ!!
「え?」
甲高い鳥の鳴き声。
この生物の気配すらない森の中で、初めて聞こえた生き物の音。
断続的に聞こえてくるそれに、まるで引き寄せられるように向かっていた。
そして、閃光。
一瞬目が潰れるかと思った。
太陽が遮られるほどの大きな森に一日以上いたのだから、目が暗闇に慣れきってしまっていた筈だから。
暫く目を閉じたまま、瞼を通して照らしてくる光に慣れながら、徐々に目を開いていく。
其処は、湖だった。
人の手が加えられていない、天然の巨大な湖。
そしてその側に生えている、通ってきた森の木よりも更に年月の経った大木。
周囲の森は、その二つを守るように存在している気がした。
『これはこれは、『迷いの森』とかつて呼ばれた場所を抜けてくるトハ。アナタは強運の持ち主なのかそれトモ……』
「────ッ!?」
絶句。
半歩下がって、そのままかちんと固まった。
否、普通はこうなる。
何故なら言葉を発している相手は、
「……コンドルが喋った……」
その瞬間、それの表情が歪んだ気がした。
動物が表情を変えるわけがないと分かっていても、そう見えたのだから仕方がない。
思わず吹き出して、それで益々相手を不機嫌にさせたらしい。
翼を広げて頭の上に乗ったと思ったら、
ごすごすごすごす
「い゙っだだだだだだッ!?」
乱れ突き攻撃。
これは痛いを通り越している。
むしろ拷問だ。
「やーめーてーッ!!」
『アナタ、失礼だと思わないのデスカ。動物が喋ってはいけないとデモ?』
「だって普通に考えて、動物と人間の声帯が同じなわけないし」
獣人なら兎も角……
涙目でそう訴えると、益々怒ったように体を膨らます。
しかしキトの言う事も分かるのだろう、今度は攻撃しなかった。
それに内心で安堵の溜め息をついて、頭の上に乗りっぱなしのコンドルを両手で持つ。
「お前は何だ?」
『……今度は目を潰されたいのデスカ?』
「ごめん。でも君の名前を聞いてないし」
『本名は忘れましたからね。……チチカカと呼べばいいデス』
「…………」
口をぽかんと開いて、何も言葉が紡げなかった。
これは確かに『チチカカ』と名乗った。
『太陽の民』が畏れ敬い、祀るべき邪神の名前。
……このコンドルが?
えー……自分はどうすれば?
思わず固まったまま考え込む。
今度はチチカカが笑った。
(多分。コンドルに限らず、動物の表情は分からない)
『アナタの思う事は分からなくもありまセン。『現実世界』でワタシが何と伝えられているか、知っていますカラ』
「自分が? 伝えられてる??」
『少し長くなりますが、昔話をしまショウカ』
今は昔、この湖を中心としたとある村が存在した頃。
其処に住む一族は『チチカカ』と呼ばれる邪神を畏怖し、そしてそれを模した仮面を奉っていた。
彼らはそれに舞を捧げるという風習があり、その内一番の舞人(まいと)のみ仮面の前で直接舞う事が出来た。
歴史に残っている最後の舞人は、新緑色の髪と黒い瞳のミルルという少女だが、本当の最後は彼女の後続の男。
名は失われ伝えられていない。
ただ極彩色の髪を持つとだけ伝えられている男。
彼は一族一どころか、歴代一の踊り手だと言われていた。
そんな彼が何故記録に残されていないか。
それは彼が大罪人とされているからだ。
彼の代になって暫く、突如『チチカカ』が発火。
この場所を中心として、周囲数百qを火の海にした。
現在ではその男が妖術を用いたと伝えられているが、少なくともそれは冤罪だ。
逆に役目を今もはたし続けている。
今生きて、辛い生活を送り続けている『太陽の民』には、そんな事はどうでもいいのだろうけれど。
『あの木をご覧ナサイ』
ばさり、とまたキトの頭にとまったチチカカは、どの木よりも大きい湖の側の大木を嘴で示した。
『あの木は何故他の木よりも巨大だと思いマスカ?』
「え……どの木よりも年寄りだからじゃないの?」
『同年代デスヨ』
「嘘ぉッ!!」
それにしてはこの成長の度合いは異常だろう。
その理由である地面を彼は示す。
『あの木は『チチカカの仮面』の灰を土台にした種から生まれたものデス』
邪神『チチカカ』の魔力が灰の中にもあり、それがこの木を此処まで成長させた。
『しかし魂まではその木に宿ってはイマセン。『狭間世界』と呼ばれる、この世界と神の住まう世界の狭間に魂は飛ばサレ、今はそこで永い眠りについてイマス。ワタシはそれを……半永久的に見守る役目を負ってイマス』
「それってただの人柱じゃ……!?」
衝動的に叫んで、それから自分が口にした言葉の意味を理解した。
チチカカが語った話が本当ならば、一族最大の裏切り者は、一族の誰よりも『太陽の民』だった事になる。
今まで学んだ歴史との相違に、動揺を隠しきれない。
その瞬間、脳裏に広がった、『太陽の民』としての義務。
体から魂に至るまでの全てに刻まれた、己の『役目』。
『踊りナサイ』
その時のチチカカの言葉は、天命のように聞こえた。
『踊りナサイ。アナタには『太陽の民』を受け継ぐ魂を持ってイマス』
右腕を上げ、足は自然とステップを踏み、頂点に昇った太陽の光を一身に浴びながら踊り狂った。
どのくらい経った頃だろう。
喉の渇きと空腹で動けなくなり、その場に倒れ込んだ。
荒い息をしながら見上げる大木は、心なしか満足そうに輝いているように見えた。
「チチカカ様」
『様は必要ありまセン。元はアナタと同じ、舞人なのデスカラ』
「僕がそう呼びたいだけです。それでチチカカ様、僕を弟子にしてくれませんか?」
チチカカは目を細める。
まるで言葉の真意を探るように。
『ワタシは元は人デシタが、今はコンドルデス。それに本体と言えるものは、ここではない空間に閉じこめられてイマス。アナタに教えられる事は少ないと思われマスガ?』
「構いません。僕が教えを請いたいのは舞よりも、知識の方です」
益々不可解そうな空気を出すチチカカ。
そんな彼にキトは満面の笑みで答えた。
「夢が出来ました。『太陽の民』の村を再建する事です。手伝ってくれますか?」
チチカカが人の姿だったならば、目がこぼれ落ちんばかりに大きく見開かれた、唖然とした表情をしていた事だろう。
それくらいチチカカは絶句していた。
キトの言葉にも、断ると微塵に思っていないような笑顔にも。
一通り絶句した後、彼は疲れた様子だが決して不快そうではない溜め息をついた。
『……いいでショウ。スパルタでいきますカラネ。精々頑張りなサイ』
「っ……はい!!」
────
『サイレント・ノート』番外編。
『太陽の神殿』で出てきたチチカカのちょっとしたお話。
チチカカと何か関わりありそうなキトを出したいなー、と思いまして。
でも練りながら書いていた所為か、途中で少し飽きて、若干グダグダな話になっています。
ごめんなさ……
この話でキトを初めて書いた為、口調も微妙だし……
精進です。
H23/4/1