特殊作品

□時と狭間と輪廻の輪
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『沈黙の部屋』





「……困った……」



スティーブは呆然と、そう呟くしかなかった。


困った。
此処は何処だ。
自分は先程まで燃えさかる家の中にいた筈だ。
防火服を着ても熱い炎に炙られながら、逃げ遅れがいない事を確認して。
崩れかかった玄関から飛び出した……筈なのだが。


「焼けている様子もなく、唯一ある窓の外は平和そのもの。だけど部屋の中は殺風景でピアノが一台あるのみ、か……」

しかもそのピアノは先程まで人が座っていた形跡がある。

つけなくて大丈夫だろうと思いマスクをはずして、そのピアノに触れようとした。



「駄目だよ。触れちゃ駄目」



まるで鈴が鳴ったかのような声。
よくよく聞けば、男性とも女性ともとれない中性的な声だった。

ただ湧いて出たような声に、びくりと肩を震わせる。

「へぇ、君、慣れてる? ま、当たり前かな。何か変な感じがするもの」
「だ、誰だ……?」

思い切って振り向く。
だが誰もいない。
それなのに常に背後から気配がする。

今回は姿を見せたくない『モノ』か……

内心で溜め息をついた。


スティーブは幼い頃から『視える』体質だ。
それも決まって火が関係する場所で視える。

影だけが炎に紛れて視える時もあれば、今回のように全く別の場所に飛んでしまう事もある。

とりあえず会うのは悪意のない『モノ』ばかりなので、今の所酷い目に遭った事はないが、今回はどうなる事やら。

もう一度心の中で溜め息をつき、口を開く。

「触れるなとは、どういう事だ?」
「うん? ああ、先ずそれ聞くんだ。
そうだね、このピアノ……『シュティレ』っていうんだけどね。所謂『呪いのピアノ』なんだ」


シュティレ(stille)……ドイツ語で『静寂』という意味だった筈だ。


「そんなピアノが何で此処にある?」
「君……………まぁ、いいや。ぼくにとっては暇つぶしの一環だし」

がたがたっ、と椅子を引く音。
そしてピアノの音。
それは透明で、この世の音とは思えないものだった。

引き込まれそうになり、鳥肌が立つ。

「『シュティレ』はとある楽器職人が一生をかけて作った一種の最高傑作だそうだよ。だけど『想い』を込めすぎたんだろうね、『何か』が宿ったように弾いた人の魂を奪っていったのさ。何人も、何十人も、不遇の死を遂げた」
「君はその一人か?」
「一人は一人でも、最後の一人さ。そう言うと何か格好良くない?」
「死んだら格好いいも悪いもないだろう」
「ははっ、確かにそうだ!
でね、ぼくはこれを全財産はたいて買った。成金野郎が所持してたからね、苦労したよ。そして買ってすぐこの部屋に置いて弾いたんだ。
『シュティレ』はね、一曲弾き終わった瞬間、魂を奪っていくのさ。だけどぼくは呪いじゃ死ななかった。何故か。呪いで死ぬ前に死んだからさ」
「?」


呪いではなく、別の何かで死んだ?


「家にちょっとした爆弾を仕掛けた。……いやいや、本物じゃないぞ。ただ灯油を家中にまき散らして、ロウソクを中心に置いただけさ」
「!! ま、まさか……!!」



灯油の臭いが充満する中、『彼』はピアノと向かい合う。
一曲の四分の三ぐらいでロウソクが溶けきるように長さを調節した、火をつけたままのロウソクを残して。
『彼』は激しく曲をかき鳴らす。
だがこの世のものと思えない旋律は、『爆発』した瞬間、炎に飲み込まれて─────。



「自殺!? 何でそんな事を!!」

振り返り、胸ぐらを掴み上げたかった。

だが振り返っても相手はいない。
いつの間にか背後に移動して、姿が見えない。

「何もかもどうでもよかったから」

演奏者のいなくなったピアノは鳴り止む。
それがなくなれば、音は自分達の声しかなかった。


サイレント・ルーム


此処は、『沈黙の部屋』だ。



「どうでもよかった。愛する妻、可愛い娘。幸せだったのに、全部奪われた」



時計が突如高速回転する。
流れる部屋の『記憶』。

幸せな日々。
決して裕福とはいえないが、満たされていた毎日。
それが一瞬で壊れた、家族を襲う悲劇。
もう二度と目覚めない妻子の側に呆然と佇む、『彼』。

「奪っていった奴を殺したかった。でもその前に奴は警察に捕まった。社会的に裁かれても、ぼくの心は満たされず荒れ狂った。おさまらない嵐は、ぼくを空っぽにした」

何も言えなかった。
『彼』が狂っていく過程も、この部屋に残っていたから。

下手な台詞は、慰めにもならない。

「『シュティレ』で弾いた曲は、ぼくが作曲した鎮魂歌(レクイエム)。誰の為でもない、妻と娘の為だけの─────ねぇ、」

一瞬、『彼』が息を飲んだ気がした。



「泣いてくれるの?」



そう言われて、スティーブも漸く気付いた。

誤魔化しようもない、目から流れ落ちる涙の雨。
彼はそれを拭う事はしなかった。

「悲しい時は……素直に泣くものだって、教えてくれた人がいる」
「悲しんで、くれるの? 君は、偶然此処に来てしまっただけの無関係の人なのに……」

「関係なら! もう此処にあるだろう!!」

スティーブは心の底から叫ぶ。

「『火事』という繋がりで俺は偶然来ただけかもしれない!! だけど!! 俺が此処に来た時点で!! 俺とお前の繋がりはちゃんとあるんだ!!」


人は繋がりがあるから進んでいける。
それは死んでしまった人達も、同じ事が言えると思う。
進めない所為で、死んでからも其処に止まったまま。
だけど『存在』する限り、繋がりは続いていく。
繋がりは、人の背中を後押しする。



「……あっきれた」

暫くしてから、『彼』は喋り出す。

「よくそんな事言えるね、恥ずかしくないの?」

言う事は辛辣であるが、声は震えていかにも泣きそうなのを堪えているようだった。

「……ぼくの名前はね、バンデ。バンデ=カンタビレオ」

「え……?」



『彼』が、笑った気がした。



「ぼくは此処にいたよ」



意識が途切れる。



「ありがとう。スティーブ」










「おい! しっかりしろスティーブ!!」

「う……」



目を開く。
正面には先輩消防隊員。
起きあがろうとしたが、頭が痛くて動けない。

「大丈夫か? お前が外に飛び出した途端、玄関が潰れてな。頭にコンクリートがクリーンヒットしたんだ。吐き気は?」
「いえ、大丈夫です……」
「そうか……」

よかった……と安堵している彼には悪いが、スティーブは『彼』の事を考えていた。

決して幸せとは言えない、彼の最期。
何時の頃から抱いていたのか分からないが、空っぽの心を少しでも満たせていたらと願う。


「ありがとう、か……」
「ん? 何言った?」
「いえ、何でもないです」



今、彼は、天国にいるのだろうか。













「ふふ、ごめんねスティーブ。ぼくはね、何処にも『行けない』んだ」

「『呪いのピアノ』は現実には燃えて消えた。でも『意志』は消えないのさ」

「ぼくは『シュティレ』で『シュティレ』はぼく」

「ぼくは在り続ける、『シュティレの意志』がある限り」

「ぼくはね、本当はそっちに絶望してたんだ。自業自得なのにね」

「でもね、スティーブ」

「君が言ってくれたから少しは……希望を持てるようになったよ」

「自分の名前も……少しは好きになれそうだ」










─────

制作時間約二時間……
折角遅れながらもポプ17のサントラ手に入れたので、記念に何か……と思い、人気のあるスティーブを絡めた話を書きました。
最初は裏世界設定で、彼が才能所持者である、という前提で書き出したんですが、いつの間にやらちょっとずれた、幻想設定に値するかな、という感じの内容に。
相手にサイレントルームを当てたのもズレた原因かなぁ。
あ、サイレントルームにいる黒い影に勝手に名前付けちゃいました。
カンタビレオ……突っ込まないでください。(汗)
『バンデ(bande)』とはドイツ語で『絆』という意味です。
こういう意味があるので、彼はあまり自分の名前が好きじゃない事を最後に言ったのです。

……ネーミング辞典、漸く使う事ができました。
それも含めて満足です。

H21/9/23

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