特殊作品

□彼らの事情と彼らの気持ちと
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1、俺とカースメーカーとパラディンと



見渡す限りの広い草原も、風に揺られすれあう木々の音も、あの息苦しい屋敷の中ではなかったものだ。生活は決して楽ではないけれど、後悔は全くないし充実していると、ナカジは胸を張って答えられた。

「ナカジ、ついたぜ」

ツヨシの声に誘われて、馬車の荷台から空を見上げる。
『永遠』の世界樹。
そう呼ばれる巨木が、大空に広がっていた。





ナカジ=モトナミ。
それが彼の本名である。
『モトナミ』の名を表すのは、とある国の重鎮一族の名だ。それを持つ彼は、その一族の出だった。
しかし彼はとある目的から家を捨てた。家出といった方がよく分かるか。家を飛び出した当初は追っ手がよく来た。当然それを拒絶する為、問答無用で魔術をぶっ放し重傷を負わせてきた。最近は懲りたらしく、誰も来ないが。
それはともかく。今はただの『アルケミストのナカジ』は、馬車を降りて身体を伸ばす。長時間座っていた身体のあちこちから、ばきばき、と音が鳴った。

「ふぅ……、どれだけ長く旅をしてても、これは慣れないわね……」

続いて馬車から降りたのは、中路の旅連れであるカースメーカーのショウコだ。冒険者となったばかりだった頃のナカジに、様々な事を教えてくれたある種の師匠である。それが何故か、ナカジが一人で大体何とか出来るようになった今でも、彼についてくる。
『何か面白そうなものが見れそうだし』
何故特別強くもない自分についてくるのか、以前聞いた事がある。その時の回答がこれだ。ただ単に一人が寂しいからではないかと思ったが、それを率直に口にすれば、もれなく『痺縛の呪言(麻痺の状態異常を付着させるカースメーカーのスキル)』の刑だから黙っておく。

「んじゃ、ギルドに行こうぜ。一時滞在するにも許可書が必要だしな」

二人の前に立ち案内するように先に歩く彼は、パラディンのツヨシ。彼は此処行きの馬車に乗せてもらう直前に知り合った冒険者である。彼が業者に頼み込んでくれたからこそ、コミュ障気味のナカジとショウコは馬車に乗り込めたのだ。
その少し前、ファーストコンタクト時にツヨシはナカジを見た瞬間、大きく目を見開き、何かを言おうとした。それからの雑談で、どうやら自分と同郷の出身だという事が判明。
ナカジの正体に気付いている。それでも訳ありだと察して、黙っていてくれている。いい奴だ。

「それにしても貴方、慣れてるのね。親が冒険者だったの?」
「……おい、」

だからナカジも、ツヨシの事を無理に聞こうとは思わなかった。交渉術の高さや旅慣れした様子に疑問を持っても、色々とあったんだろうと見ないようにしていたのに……

「や、別にいーよ。歳に反して色々とおかしいのは自覚してるし」

そう笑って許してくれたものの、ショウコの問いに答えを返してはくれなかった。やはり色々と複雑な環境で育ったのだろう。
無視された形になるショウコはむくれていたが、無理に聞き出そうとしたところで無意味だと気付いたか、そのまま黙々と歩くだけだった。

「まぁ、この国には初めてだぜ。世界樹のある場所って、下手すると知り合いに会う可能性あるだろ」
「…………」

ショウコが僅かに嫌そうな顔をする。ツヨシの言葉で何かを思い出したのだろう。

「知り合いっつーてもそんなに数はいないけど、やっぱ気まずいだろ。顔を合わせたら」
「まぁ……うん……本当に気まずいな……」
「……あら、」

ナカジが顔をこわばらせ、ショウコが驚きの声を上げた事で、ツヨシもようやくその存在に気付く。
冒険者である事が分かる程度のラフな格好。その手には商店へ行ってきたのか、紙袋を持っている。
別にそれはいい、何処にでもいる冒険者だ。だが唯一、その死んだ魚のような目だけは、一度見たら忘れられなかった。

「……何でモトナミの嫡子が、こんなところにいるんだ?」

オサム=ランドウが、相変わらずの目つきで其処にいた。


ナカジが家出した直接的な原因が、実は彼だったりする。
ランドウ次期当主の失踪。それは各方面にかなりの波紋を呼んだ。といっても、ナカジ自身は興味が薄かったし、逆にかなり呆れた記憶がある。
本人が表明していないのに、何で次期当主と決定しているんだ?
君主制であるその国は、王に認められなければ要職につく事が許されない。本当に当主になる気があるなら、自分が有能だというアピールをするのに、そんな話を一度も聞いた事がない。
何より。
あんな目をした男が、面倒臭い事を進んで行おうとするとは思えない。拾ったという暗殺者も一緒に消えたというから、様々な噂が話のネタにされたが、ナカジは間違いなくこれが正解だと思った。
逃げたな。
同時に羨ましいと思った。
羨ましい。
逃げ出せる事も。自分の今までの全てを捨てられる事も。周囲の重圧をものともせず行動できる事も。

全部。

自分には手に入れられないものなのに……否、違う。ただ目をそらしているだけだ。だって本当は分かっている。人は行動しようと思えば、どんな世界にも歩み出せる。兄が、そうして外へ飛び立ったのだから。
何だ、簡単じゃないか。
考えて、考えて、そうして開き直ったナカジの行動は早かった。荷物をまとめて、書庫にあった魔道書数冊をかっぱらって。

家を飛び出したのだった。

「……貴方も、ここにいたんですね……」

ツヨシの声が固い。仕方のない事だとは思う。ナカジ自身、身分の高い家の出だが、その更に上の身分となると、どういう態度をとればいいのか混乱で分からなくなる。
ただ、気を張る事は無意味だろう。彼は最高で最低なほど、上下関係を理解していない。

「いて悪いか。あと俺の事はDTOと呼べ。……そうだ、ここにきてそんなに間がないのか?」

いきなり何を言うのかと思ったが、律儀に答える自分も大概かもしれない。

「え、まぁ……、ついさっきついたばかりですが……」
「じゃあ最近の騒動についても知らないのか?」

流石にいぶかしんだショウコが、警戒心を露わにする。それを聞いているのかいないのか、DTOは手を顎に当て少し考える仕草をする。数秒後に頷いたかと思えば。

「来てほしいところがある」





────

ナカジ中心の連作開始です。
『《ジズ》の〜』の続編になり、この時点では《フェニカ》できてませんが、それの担当……という事にしといてください。
ちなみに《フェニカ》結成はまだまだ時間がかかる感じです。
主要3ギルドのメンバーの中で、一番最後に町へやって来たのはリュータだと決めてありますので。

拍手掲載日 H27/12/5〜H28/7/1
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