花売りと魔法使い

□第24話〜第29話
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第29話
お題:足跡

中途半端な量の白い髭をたくわえた小柄なエルフの長老は、ルシルの説明を黙って聞いていた。聞き終わると、魔法使いをなま悲しげな顔で見つめ、無駄に厳かな声で告げた。
「そうか…なるほど…ではお話しましょう…例えふられるのだとしても」
またもプライバシーを暴露され、またもフラれ前提の同情を買い、もはやニヒルな心持ちになってきた魔法使いが、
「わーい魔法使いの師匠に人権ってものはなかったんだネ。先生そんな事全然知らなかったヨー。勉強になァるゥ」
などと虚ろな目で呟いていたが、ルシルはそれを無視して長老に話を続けるよう頼んだ。長老はゆっくりと頷くと、厳かに話を始めた。
「あれは一昨日の夜の事だった…」
老エルフが目撃した光景とは、次のようなものであった。

その時、長老は明日の天気とラッキーアイテムを占うため、集落を出て森を散策していた。森の大気に含まれる神々の脈動を感じ、それによって精神を集中させてから占いを執り行うのが村のならわしなのである。フィトンチットをスーハー吸い込んで若干癒やされモードに入っていた長老だったが、突然耳に飛び込んできた奇怪ながなり声に、寿命が1年くらい縮んだ。
「ギャハハハハ!これ意外と楽しいわーーッ!!」
恐る恐る草陰から覗いて見ると、女の姿をした獣のようなものが猛スピードで側転しながらドラゴンを追いかけていた。
「ひッ…」
恐ろしさのあまり長老の口から漏れた微かな悲鳴に、女は振り返った。
「あっ!」
長老は女の、そのあまりに意外な美しさに度肝を抜かれた。女は異常な素早さでドラゴンを見もせずに捕獲、こちらを向いたまま大股で近づいてくる。逃げることも出来なかった。女の顔が長老の顔に触れそうなほど近づく。
大きな目玉。
「なんのつもりなのよこれぇええーーッ!アタシにもよこせーー!!!」
女は勢い良く長老のひげをむしった。

「な…るほどゥフッ…それでひげが…」
ルシルは笑いをこらえているのがバレぬように、下を向いてそう言った。魔法使いに至っては我慢できずあからさまに噴き出している。
「その通りじゃ…」
長老はなぜか満足げに頷き、先を続けた。

女は長老からむしったひげを自分の顔に付けた。そうして
「やったーーーッ!!」
と雄叫びをあげたかと思うと、生のドラゴンをまるかじり、牙と目玉を長老の顔に向けてぶべっと吐き出した。
瞬間。長老は、有り得ないことに気づき、戦慄する。
な…なんと!これは…。
長老は、女の吐き出した食べかすの中に、神の脈動をすごく感じたのだった。普段森を散策する際に感じるよりも、ずっと濃厚な、むせかえるような神の気配。それも、尋常なく古い古い、太古の神のものだった。

それ単に生臭かっただけじゃないの。
と顔に書いてある魔法使いとその弟子を眺め、長老は咳払いをひとつ。
「いや、本当なのだよ…まじ、わしエルフの長老だから判るし」

長老は、その古い神の匂いのする女を集落に招いた。
「もっとないの!ほかの色あるっ!?」
と、ぎらぎらした目つきでひげを凝視してくる神に早く別の生贄を与えなければ、自分のひげは残らずむしられてしまうに違いない。そう思ったからだった。
「ぱ…パステルカラーならだいたい揃っておりますじゃ。集落に来ていただければ、」
「パステル!?いくわッ!!」
そのようないきさつで、始祖神の化身はエルフの集落にやってきたのだった。

「じゃあここに居たんですか、彼女」
魔法使いは身を乗り出す。
「おられたよ。昨日の夜中まで。村中の男たちのひげをむしってご自分の顔に貼り付けて、ご満悦の様子だったのだが、真夜中になって突然、いっけねええグッチョがくるんだったグッチョがー!うぜえええ!と叫んで祭壇から駆け出し、そのまま居なくなってしまったのじゃ」
長老は淋しげにひげをなでた。
「………」
魔法使いとルシルは、間接的にとは言え二日ぶりに触れる花売りの言動の破壊力に、改めて打ちのめされてしまい、思いを言葉に出すこと適わなかった。だが顔を見合わせた2人はお互いの考えている事が手に取るように判った。

い…意味わかんない…てゆか、
グッチョって誰ーー!!
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