花売りと魔法使い

□第7話〜第12話
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第10話
お題:嘆きの歌

国際魔導師協会幹部、電光石火、の異名を持つ雷の魔術師サテュロス=サーキュライトは頭の中が真っ白になっていた。
こんなことにならないためにわざわざ苦労してユリウス=ロシエールを招いたというのに、そのロシエールがむしろ事の元凶になるなんて!
最悪だ最悪だ、ちくしょー最低だっ!
「先生っ!何てことしてくれたんですか!そりゃ言いましたよ?来てくれるだけでいいって!ええ言いましたよ!でもこれはないでしょ?賄賂受け取ったなら受け取ったでいいから、ちゃんとバレないようにやってよ!」
目の前でサテュロスが長い長い文句を一息にぶちまけたにも関わらず、魔法使いは返事をしなかった。ただ立ち尽くしている。
「……」
微妙に涙目になっている魔法使いを見て、サテュロスの苛立ちは頂点に達した。
「泣いたらいいってもんじゃないでしょ!どうしてくれんですか!この始末!え?あんた責任持って止めて下さいよ、この騒ぎ!」
バン、と審査員席の机を叩く。紅茶の水面がゆらりと揺れて、そこに映り込んでいた画像が溶けて消える。
魔法使いは、のどの奥にナイフを差し込まれたような気分だった。もちろんサテュロスの文句など半分も聞こえていない。
…ああ、なんだか、なんだかちょっと泣きたいかもしれない。

魔法使いが紅茶の水面に見たもの。それは、
花売りと弟子が何か楽しげに語り合っている光景
だったのだ。

「だいたいあなたウダウダ優柔不断オーラ出してるから賄賂なんか持ちかけられるんですよっ!」
興奮したサテュロスは、我を忘れてトランス状態で説教モードに入っていた。そしてつい、魔術師としての格差を忘れて、目の前の大魔法使いに、
「あんたがもうちょっとしっかりしてたら、こんな事にはならないんじゃあないです、かっ!」
デコピンを食らわしてしまった。
おでこを抑えて目をつぶった魔法使いは、ポタリと一粒涙をこぼした。
「い…いたい…」
何だろ。何でこんな目にあうんだろ?ちょっとホントなんか、もう、やんなっちゃったな…なにもかも…
魔法使いはダークブラウンの双眸をゼリーみたいに湿らせて、審査員席の机の上に飛び乗った。
「てゆかさ、てゆかさ…だったら僕なんか最初から呼ばなきゃいいじゃん!違う?まあ、もう、いいけど。いいよ、もうどうでも…止めればいいんでしょ、止めれば」
サテュロスは魔法使いのその呟きでようやく、正気に戻ってハッとなった。
やっべえ!そう言えばこの人…
ユリウス=ロシエールを招待するにあたって、サテュロスは、協会上層部から注意を受けていた。
「あの人はただでさえ闘技会と相性が悪い。くれぐれも機嫌を損ねぬように」
と。
「あ、あ、あ!すすすいませんごめんなさい!ごめんなさいいい!」
慌てて土下座体制に入ったサテュロスを見もせずに、魔法使いは懐から小さな、細い針を取り出した。そしてそれを乱闘騒ぎの闘技場に向けて、ちょうどオーケストラの指揮棒のように構えると
混沌の魔術師は、世界中で彼だけしか知らない彼独自の秘密の魔法の名を口にした。

「交響曲第5番」

指揮棒が
振り下ろされる。
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