花売りと魔法使い

□第13話〜第17話
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第14話
お題:南にある街

商業都市シヴァークに呪術用具を買いにきたガスパール=アドルカンは、たまたま覗いた店でマントを試着する猫背の男を見かけた。
その瞬間、アドルカンの脳裏に魔法学校時代の苦い思い出がまざまざとよみがえってきた。
「…あ…あいつ…」
バジリスクの黒焼き、乾燥ヒュドラ、骨蝋燭など買ったものをバラバラと落とすアドルカンを、15の頃とほとんど変わらない茶色の目玉でキョトンと見つめる猫背の男は、かつての同級生、魔法使い・ユリウス=ロシエールに間違いなかった。
「あ、落としましたよ」
魔法使いは緊張感の無い声でそう告げて、足元のヒュドラを拾い上げ、アドルカンに手渡した。
「………」
アドルカンはピクリとも動かない。
「えっ。あの…これ、落とっ……だ、大丈夫ですか?」
魔法使いが不安げに顔を覗き込んだ途端、アドルカンは口を開いた。
「…ロシエール貴様…よもや俺を忘れたわけじゃあるまい…」
「えっ」
魔法使いは、自分よりほんの少し背の低い黒髪の男を、目を細めて数秒見つめ直した。
「あ……ああっ!バスッ…いや違った…!違う!えっと、ほら…ねっ!あの…」
「テメェエエエ!!完全に忘れてんじゃねぇかよ!アドルカンだっ!ガスパール=アドルカン!魔法学校時代にお前、あれだけ…」
凄まじい剣幕で怒鳴るアドルカンを見て、魔法使いは軽く死んだ目で下を向く。
「ご…ごめん…僕、学校時代の記憶がちょっと…精神的に苦痛だったせいか忘れ気味で…」
「お知り合いですか先生」
奥の棚を見ていたルシルが振り返った。
「うん。同じ学校のアドルフくん」
「お初にお目にかかりますアドルフ様。私、先生の弟子のルシルと申します」
「アドルカンだっ!…畜生…ロシエールてめえその歳でクォーターエルフの弟子なんかとりやがってふざけんじゃねえよ…お前のせいで…お前のせいで俺は…」
アドルカンは、唇を噛み締めて魔法使いを睨んだ。その先は、あまりに惨めで口に出せなかったのだ。

不遇の天才。
永遠の二番手。
まあふつうにすごい魔術師。

ガスパール=アドルカンに付けられる二つ名は、そういった不名誉なものばかりだった。能力が劣っていたからではない。アドルカンの魔法は、パワー、技術共に天才レベルと言ってよかった。大概の魔法は完璧以上にこなし、神童と呼ばれて飛び級だってした。
同じ学年同じクラスに、異色の超天才・ユリウス=ロシエールさえいなければ、アドルカンの栄光は約束されていたはずだったのだ。
学校から1人だけ選出される、名誉ある魔法闘技会出場者の座も奪われた。
大魔法使い・ジルバ=トッテンペレスが学校に招かれた日にもロシエールばかりが目をかけられ、アドルカンは見向きもされなかった。
首席で卒業したのはアドルカンの方なのに、なぜか卒業記念碑に刻印魔法を刻む役はロシエールに任された。
卒業後も「二番手」「ツキが落ちる」などと言われ、実力に見合った仕事が来なかった。
アドルカンの栄光の道はことごとくロシエールに潰されたのである。

「…絶対許さねえ…俺は卒業後ずっと、お前をぶっ殺す方法を研究し続けて来たんだ…ここで会ったが百年目…」
「えーこれ襟、変だよ。こっちのがいくない?」
「先生、トレンドは銀刺繍ですよ。何それ、どっから持ってきたの。ないない、それはない」
"magical"とロゴの入った苔みたいなマントを欲しがり、弟子にダメ出しをされていた魔法使いはアドルカンの話を聞いていなかった。
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