花売りと魔法使い

□第13話〜第17話
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第15話
お題:罪の記録

眼中にない、という事か。え?ロシエール。二番手野郎にはこれっぽっちも興味がないという訳か?
限界だった。アドルカンの怒りは頂点に達した。
「ふざけやがって…ふざけやがってこの野郎っ!ぶち殺してやる畜生が!!」
アドルカンはマントの下からサーベルのような細身の長い杖をすらりと取り出すと、魔法使いに向けて呪文を唱えた。
「背に灰を持つ悪魔の煤けた兄弟の名において命じるッ!蛇よこいつを…」
「お客さん何してんだ!困りますっ!憲兵を呼びますよ!」
「何ィイーーッ!?」
魔法装束屋の店主の一喝に、アドルカンの杖の先から放たれかけていた魔力が凍りついた。
「ま、まだ何もしてねえだろうがあッ!憲兵なんて呼ぶんじゃねえよ!」
ガスパール=アドルカンは慌てた。真っ当な依頼が少ない分、色々と裏の仕事を請け負って日銭を稼いでいる彼は、憲兵を呼ばれるととても困るのである。
「ちょ、憲兵とか言ってない?憲兵来るの?来るの!?ルシル帰ろう、帰ろう」
そしてなぜか魔法使いも激しく狼狽していた。こちらは裏稼業云々ではない。生理的に役人が苦手、だってなんか怖いし、威圧的だし、というのが主な理由である。
「待てコラ!ロシエール!逃げんのかよっ!決闘だ!今からテメェを……うおああごめんなさい呼ばないで!憲兵呼ばないで!」
そそくさと店を後にする魔法使いと弟子に気づいたアドルカンは慌てて叫ぼうとしたが、店主が非常を知らせる発煙筒を取り出したので中断せざるを得なかった。

「ああ怖かった…」
「あなたがビビる必要ないと思うんですけど」
「ばかー、憲兵怖いでしょ!僕、万引きしてないのに万引き疑われたことあるんだから」
魔法使いと弟子は目抜通りから逸れた、シヴァークの裏通り・通称裏シヴァまで逃げてきた。表通りのお洒落さと対局にあるかのような妖しげな露天商たちを眺めながらとろとろ歩く。
たった1000ベリトの整形手術でゴブリンに!
と掲げた小さなテント。
絶望を快感に変える薬売ります…5000ベリト
と書いた看板を首に下げ、細い路地から手招きする男。
その他、虫の死体を並べて売る女、明らかに呪われた道具ばかり売っている武器屋、売れない芸術家、暗黒舞踏家などがひしめき合っている。
その中で魔法使いの目を惹いたのは、アコーディオンを演奏しながら幻獣コカトリスにダンスを踊らせている大道芸人だった。

ヴァージニア わたしのいとしいヴァージニア
お前は一体 何処へいってしまったのか
わたしをおいて
ヴァージニア

眼帯をした大道芸人の男の哀切を含んだ歌声にあわせて、鶏の体に蛇の尾を持つ幻獣が激しく不思議な踊りを踊る。
「いい歌ですね。すごく」
魔法使いが話しかけると、男は静かに微笑んで
「探しているんだ」
と言った。
「私は猛獣使いでね。小さな獣の頃から育ててきたのに、ある日突然、ヴァージニアは檻から逃げてしまった。絆が弱かったのかな…猛獣使い失格さ」
「人間の気持ちもわかんないものですからね…動物ならなおさらですよ…」
魔法使いは何となく、花売りの事を思い出し、同情するような気持ちで男のアコーディオンケースに1000ベリトを落とした。
「聴いてくれた人にあげているんだ」
男は、記念にと安物の小さな青いペンダントを寄越した。
「ありがとう。あなたの歌、素晴らしいです。ぞくぞくしました」

またそんな事で散財して、とルシルにたしなめられつつ立ち去った魔法使いの背後で、大道芸人は再び曲を奏で始めた。

ラ ラララライ
亜麻色の髪の毛に
緑の櫛巻きラライラ…

「あれ、この歌どこかで…」
何となく聴いたことがあるような気がして、魔法使いは記憶を辿ってみようとしたが、「大人は汚いぜオーイエイ俺たちは堕天使」と歌う下手くそな若い吟遊詩人のギターにかき消されて、その歌はすぐに聞こえなくなってしまった。
魔法使いは、猛獣使いの大道芸人から貰ったペンダントを、花売りにあげることにした。
お姉さんにあげたら食べるかもしれないけど、まあいいか、それでも
などと歩きながら考え、石段に躓いて転んだ。
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