花売りと魔法使い

□第13話〜第17話
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第16話
お題:復讐

何とか憲兵とのごたごたを切り抜けたアドルカンは、埃まみれの酒場で蒸留酒をあおっていた。魔法ではどうにもならない苦しさは、アルコールでも紛れることはなかった。
昼間見た、おそらく何不自由ないロシエールの、のほほんとした態度が、アドルカンの憎悪をどうしようもなく掻き立てる。思い出したくない学生時代の記憶が心を支配し、締め付けていた。

魔法学校の卒業式の直後、15歳のアドルカンはロシエールに決闘を申し込んだ。これが最後の名誉回復のチャンスだと思った。他の学生たちが息を詰めて成り行きを見守る中、同じく15のロシエールは俯いて卒業証書の羊皮紙を丸めながら、
「そんなのやりたくない」
と言った。
「怖じ気づいたのかよ!負けるのが怖いのか?」
と挑発してやると、ロシエールは、口をとがらせてこう答えた。
「ぼく目立つのやなんだ」
その言葉にアドルカンは、ひどく傷付いた。むしろ、ふんぞり返って、自分から奪い取った栄光を堪能していてくれた方がましだった。奪ったくせに、手に入れたそれに興味がない、とは何事か。ロシエールの態度に、アドルカンのプライドは最悪の形で踏みにじられたのである。少なくとも、アドルカン自身はそう感じた。
「うるさい!いくぞっ!…ヘカス・ヘカス・月霊よ、我が呼びかけに応じ…」

アドルカンは10年前の決闘の結末を思い出し、嗚咽を漏らした。

ワアアアーッ!
だ、誰か職員室行って先生呼んでこい!はやくっ!
先生ぇええガスパールくんが大量の蜂蜜とでっかいブルーシートみたいなやつと、あとなんか…えっと、よく判らないけどとにかく大変なことになっちゃってまぁああす!
なんだって…うわっギャアアア蟻が……

「…ううっ…ちくしょう…復讐だ…復讐してやる…ロシエール…」
アドルカンは鼻をすすりながら串揚げをかじっていたが、やがて血走った目をして指を鳴らし、空中から銀水晶の玉を取り出すと、魔力を注いで憎き魔法使いの姿を映し出した。

「……らっ」
魔法使い(の上半身)が懐から取り出した青いペンダントを、花売りはばっくりと口を開けて見つめていた。正直、こんなに興味を持ってもらえると思っていなかった魔法使いは、まっぷたつになった体をいそいそとくっつけながら、嬉しげに喋り出し、
「あっ…なんかこれ、大道芸やってて、音楽がすごいよくて、それであの、聴いてたら、もらえたんです。きれいですよね、あの、こうゆうアンティークなの僕も結構好きで……あの……」
花売りが全然聞いてないことに気づくと途中で口をつぐんだ。しかし、魔法使いは別にがっかりした訳ではない。口元が、にいっと歪んでいる。
そうかー、そんな気に入っちゃったのかー。えーなんか意外だなー。
まるで初めて猫じゃらしを見た時の猫のようにペンダントをガン見する花売りを、魔法使いはこの上なく幸せそうに眺めた後、ふと思いついて、ペンダントの鎖を左右に振ってみた。
あ、あ、あ!やっぱ追ってる追ってる!目で追ってるよこの人!猫だああ!猫だよお姉さーーん!
肩を震わせて笑いをこらえる魔法使い。と、次の瞬間、
「ごはんの時間じゃねええええーーーッ!!」
花売りは魔法使いの手もろともペンダントに噛みついた。
「ミギャアアアア!!いっ…たいたいたい!いたいお姉さん痛い!離…っ…ああああああーッ!」

泣き叫ぶ魔法使いの様子が、遠目に映し出された銀水晶を前に、酒場のアドルカンもまた、泣き叫んでいた。
「なああああーッ!?あのくそ野郎ォオ!こんな美人とイチャイチャしてんじゃね…ああああ゙あ゙俺なんてこないだふられ…ふられ…どちくしょーッ!死ね死ね死ねわああん!」
のたうち回るアドルカンの隣で静かに呑んでいた男性客は、迷惑そうに眉をひそめた後、席を立とうとして一瞬、動きを止めた。
男は、銀水晶に映る魔法使いと花売りの映像を、眼帯をしていない方の片目でしげしげと見つめ、そしてアドルカンの肩を叩いた。
「…君、ちょっと、尋ねたいことがあるんだが…いいかね?」
「あァ?」
アドルカンは赤く腫れた目を、男に向けた。
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