花売りと魔法使い

□第18話〜第23話
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第19話
お題:来訪者

「どなたですか」
ルシルが扉を開けると、小綺麗な身なりの若者が立っていた。
「突然お伺いしてしまった非礼を深くお詫びいたします。私、西エトランゼ大陸に位置しますリベルテ王国より参りました、ドロッセルマイヤー侯爵の使いの者でございまして…」
御者に扮したアドルカンは、少し離れた所から会話を聞いていた。若い召使いに化けた錬金術師のカフスボタンには魔力で細工がしてあって、アドルカンの手元のオルゴールに似た箱型物体に音声が送信されるようになっている。
オルゴール物体は、喋った相手の嘘を感知するという奇妙な機能を備えていた。無論、言うまでもなく錬金術師の自作機械である。アドルカンの仕事は、このオルゴールを監視して、魔法使い、若しくはその弟子の台詞に"嘘をついている"という反応が出たら、錬金術師に報告するというものだった。
「何で俺がそんな事しなきゃなんねーんだよッ!ロシエールぶっ殺すんじゃねえのかよ!」
と抗議したのだが、錬金術師が飄々と
「まあ、ちょっと複雑な装置だからな…扱いが難しいというのは確かだ。できないのなら、それはそれで構わないよ」
などとのたまうので、
「爺ィずらしてんじゃねェエ!できねえとは言ってねえだろうが!貸せよ、やってやるよ!」
アドルカンは後に引けなくなってしまったのである。
「赤か青の石が光るって、めちゃくちゃ簡単じゃねーか…死ねよクソー」
ブツブツ言いながら魔法使いの屋敷の外で会話を盗聴する。若い召使いに化けた錬金術師の台詞の全てに、赤い石、嘘を示す反応が出ている。得体の知れない錬金術師が一体、何を探ろうとしているのか、アドルカンには見当もつかなかった。

「えーと…先生は、あの…今ちょっと手が離せなくて…すみません、ちょっと待ってて下さい」
扉から顔を出したルシルがそう言った瞬間、錬金術師の耳だけに、アドルカンの声が囁いた。
おい、今の嘘だぜ爺ィ。
錬金術師は、ふうん、と目を細める。
いきなり嘘で対応とは、侮れないな、こちらの様子を伺っているのかもしれない…。
錬金術師は少し警戒したが、その時実際に屋敷内で繰り広げられていた光景は、警戒するだけ無駄なものであった。

「先っ生!!!お客ですってばああ!頼むから起きてくださいよ!」
「…ううん…い…やだ…まだねる…」
「ファックオフ!!」
「ギャアアア寒っ!死ぬ…死ぬ死ぬ!!鬼ィ!」
無理やり布団を剥がされ、泣き叫ぶ魔法使いを弟子は完全に無視し、エルフの血統を生かした軽やかなフットワークであっという間に客間を掃除し、紅茶を淹れ、紅茶に落とすジャムを用意して扉を開けた。
「すみませんお待たせしました。どうぞ」
「失礼いたしま……」
屋敷内に通され、魔法使いの姿を目にした瞬間、150年生きてきた錬金術師も、さすがに驚いた。
なんだと…
世界一の魔法使いユリウス=ロシエールは、枕を持ったまま、人参柄のパジャマとナイトキャップ姿で客の前に現れたのだった。
「うーん…ルシル…ごはんまだ?」
完全に寝ぼけている。
「ばばばかーーー!紅茶淹れてる間に着替えとくだろ普通!!!」
泣き叫んだ弟子の声に青い石が反応した。
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