花売りと魔法使い

□第24話〜第29話
2ページ/6ページ

第25話
お題:焚火

高級そうなふかふかの2つのベッドと、そこに眠るナイトキャップをかぶった魔法使い、手元の光魔法スタンドを灯して"亜人探偵最後の事件・血塗られた聖杯"を読みふける魔法使いの弟子。危険の潜むこの森の中において、明らかに異質な光景であった。
アドルカンは、彼らの姿を映し出していた銀水晶を懐にしまい、忌々しげに舌打ちをひとつした。その背中に錬金術師が告げる。
「では私は仮眠をとる、君はどうする」
錬金術師とアドルカンも魔法使い達を追って皇帝の森にやってきていたのである。
「あァ?どうするって、」
焚き火の薪のはぜる音がアドルカンの言葉を途中で区切る。
「爺ィ、てめ…見張り交代しねえつもりかよっ!」
魔法学校卒業後、様々な辛酸を舐めてきたアドルカンには、もちろん危険地域での野営の経験もある。モンスターの類が山ほどうろつく"皇帝の森"で見張りをたてずに眠るのは非常に危険な行為である事もよく承知していた。根が神経質で生真面目な彼には、どこぞの魔法使いのようにナイトキャップをつけてふかふかベッドで眠るなどというゆるみきった真似は出来ない。当然、見張りを立てて交代で眠るものと考えていたから、義眼を洗浄液に付け込んですっかり寝る気満々の錬金術師を前に、アドルカンは激しく抗議した。
「ざっけんな!俺だけ徹夜しろって言うのかよクソジジイ!お前いい加減にしねえとぶっ殺…」
「年齢的に睡眠が必要なんだ。では、よい夢を」
だが錬金術師は指を鳴らして棺桶を出現させると、全く話を聞かずに中に滑り込み、内側から蓋を閉めてしまった。
「………」
残されたアドルカンは暫く呆然としていた。あまりの怒りと、そして屈辱ゆえに言葉が出なかったのである。
静まり返った棺桶を前に、アドルカンはふと思う。
ぐっ……なんかもうコイツ今ここでぶち殺しちゃだめか?
棺桶ごと始末するのは容易い。おそらく骨も残らないだろう。が、すぐにその考えを振り払う。
いやダメだ。暗殺なんざ三流のやる事だ。
ガスパール=アドルカンには魔法使いとしてのプライドがあった。
魔法使い同士の殺し合いは、あくまでも決闘でなければならない。寝込みを襲うなど、実力の無いことを認めるようなものである。
また、本来ならばお互い仕事の上でのクールな殺し合いが望ましい。魔法使いは、たとえ愛し合った者同士であろうとも、敵として出会えば闘う生き物なのである。私怨はダサい。ニヒルでクールで命知らず、読んで字の如く魔の法術を使う者である魔法使いとは、そういうものであるべきだ。これがアドルカンの哲学なのだった。
「くそっ…」
アドルカンはサーベル杖にかけた手を下ろした。
あと少し、我慢すればいいだけだ。
そうしたら、堂々と、しかもクールに、ユリウス=ロシエールを殺せる名目が立つ。卒業式以来の二度目の決闘を申し込むなどという無様な真似をしなくても、
依頼なんだ。悪く思うなよ…ククク…いくぜ
とか言ってクールにぶち殺せるじゃねえか。だから
我慢しろ、耐えろ俺。爺ィを殺すのは、いつだって出来る。
アドルカンは、目の前の棺桶の中身に対する激しい憎悪をなんとか抑え込もうと、必死に深呼吸を繰り返した。
ぱち、
焚火の炎が揺らめく。
背後で、森の邪悪な怪物たちが今にも襲って来ようと息を潜め、タイミングを待っている。不名誉な通り名を付けられたとは言え魔法学校主席卒業の経歴は伊達ではない、アドルカンには彼らの気配が手に取るようにわかった。同時に、何かもう、ものすっごい、むかついた。
どいつもこいつも俺をバカにしやがって…
ぱちん、
焚火がまた音をたてた。瞬間、八方から獣の気配が飛びかかって来る。アドルカンは既に吐息に混ぜて呪文を詠唱し始めていた。
「蛙の王の名に於いて命じる、忠実な鉄の家来よ、全ての箍(たが)を外し、我に付き従…ぁああもういいムカつくから以下省略!」
居合い抜きのように、抜き放った杖が黒紫の炎の渦をまとい、その渦が巨大な生き物の腕の形を成す。
「俺は二番手でもなきゃ爺ィの下僕でも、お前らの餌でもねーんだよっ!馬鹿にすんじゃねええぇ!」
アドルカンを取り囲むように襲ってきた爪の長いグール(食人鬼)の群れは、鉄の塊で殴り飛ばされるような硬質な音をたてて次々に地面に落ちてゆく。第二陣、第三陣と続くがアドルカンは杖に同調する巨大な腕を振り回して、全て撃墜していった。
「つーか何で俺んとこばっかこんなに魔物来んだよ畜生!てめーらなんでベッドで熟睡してるロシエール襲わねーんだばっきゃろー!」

魔法使いはその頃、ベッドにヨダレを垂らし、ピスピスと笛のような寝息を立てていた。文庫本"亜人探偵最後の事件"を脇に置いて、ルシルも目を閉じていたが、彼は眠っていなかった。
侯爵の召使いは、一体なぜ令嬢の年齢について一言も告げなかったのか?
背後に、何があるのだろうか?
あと、せっかく用意したジャムを紅茶に落とさないのはちょっとむかつく。絶対美味いのに。
ぼんやりとそのようなことを考えていた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ