短編/連作

□コーンフィールドゾンビ
1ページ/17ページ


 ウィローヘッドタウンの空は低く、風は一年中止むことがなかった。レイ・キャラックがとうもろこし畑のゾンビを初めて見た日も、やはり風が吹いていた。生温く、皮膚にまとわりつくような、それでいて時折、目を閉じてしまいそうになるほど心地よい冷たさも混じる、残暑の風だった。
畑と牛と、少しの酒場ぐらいしかない小さな町だ。マックイーンのとうもろこし畑にゾンビのかかしが導入されたという噂は既に町中に知れ渡っており、家族らしい家族も、友人らしい友人も持たないレイ・キャラックの耳にすらその話は入ってきていた。親戚の経営する牧場での仕事が終わって町はずれの家に帰る道すがら、ふとそれを思い出した彼は、噂のかかしのゾンビを一目見てやろうと、足を延ばしたのだった。
畑の柵に7、8人程の人だかりができている。レイはカウボーイハットを傾けて人々の隙間から畑を覗く。数人が彼を振り返って眉をひそめるのも視界に入ったが、レイは気にしなかった。町の住民たちの向けてくる嫌悪などよりも、夕方の薄紫色の光を浴びて揺れるとうもろこしの間に立ち尽くす死人の姿に目を奪われていたのである。農機具会社のロゴが大きく入った、グレーの簡素な合羽を着せられただけのゾンビは、それらしい装飾品の1つも身につけていなかったが、確かに女のゾンビであった。
「驚いた。女じゃないか。それも、美人だ」
レイは思わず口に出す。かかしについて、本当に役に立つのかどうか、子供の教育に悪いのでは、などと言い合っていた周囲の会話が凍り付いた。
「こいつ…一体何を言い出すんだ…美人だって?あれがか?冗談だとしてもたちが悪い、正気で言っているのか?」
レイの正面に居た雑貨屋のバーナードが、信じられないといった表情でそう言った。バーナードは熱心なクリスチャンでもある。しかしレイはバーナードの方を見向きもせずに
「さあな」
と答え、押し殺した笑い声を洩らしただけだった。
「神よ、」
バーナードは小さく呟いて十字を切ったあと、まだ何か続けようとしていたが、役場に勤めるカートという男に諫められた。
「相手にするな、バーナード。そいつは頭がおかしい」
バーナードは舌打ちしてもう一度レイに冷たい視線を送ってから、カートと一緒にとうもろこし畑を後にした。同時に、かかしを見に来ていた他の連中もみんなどこかに散ってしまった。周囲に誰もいなくなった事に気付くと、レイはクックッと独り笑い声を上げて、
「美人じゃないか。なあ」
柵に寄りかかってゾンビに声をかけた。
反応は返ってこない。ゾンビは風にそよぐとうもろこしとは違う、ゆっくりとしたスピードで、左右に揺れ動いていた。首枷から杭に繋がれた鎖が小さく金属質の音を響かせている。このゾンビには商品として必要な防腐加工、訓練など一連の処置が施されていたが、コストの問題から、見た目の損傷までは修復されていない。ストレートのブロンド髪だけは不思議とほとんど抜け落ちてはいなかったが、半ば溶けて白骨の見え隠れする顔は、いかにもゾンビらしいものだった。
強い風がとうもろこしをざあっ、と揺らす。ブロンド髪がめくられ、ゾンビの青白い顔が露になった瞬間、レイは口笛を吹いてみた。
小さな唸り声を上げ、ゾンビは今度は振り向いた。レイ・キャラックは目を細め、今度は声を出さずに笑った。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ