知らない。

□裂けた剣客
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東海道に背いて蛇行するコブラ電車に揺られ、旅また旅の、その日暮らし。ちょいと内向的なイイ男、小浦針墓之介(こうらハリボのすけ)は、沈鬱な気分で徳利蕎麦屋の暖簾をくぐった。ラッシャイ!の一言も無い半溶け店主の態度に腹をたてる余裕はない。何故ならば針墓之介は、考えていたのである。
自分で自分の事を剣客、と言うのはいかがなものだろうか、と。
仕事らしい仕事をしておらず、たまに期間限定の用心棒をするだけの無職の針墓之介は、「何をなさっている方ですか?」と訊かれた時、いつもすごく悲しい気持ちになる。昨晩それを、同じ境遇のダマリンに相談したら、ダマリンはこう言ったのだ。
「剣客って言えばいいじゃん」
だが、針墓之介は自分の事なのに「客」という字を使うのは変なような気がしたので、
「変だよ」
と言ったら、ダマリンはいきなり抜刀した。
「拙者いつもそう言ってんですけど」
ダマリンはすごく怒っていたので針墓之介はダマリンを斬った。
結局、針墓之介は昨晩のうちに自ら「剣客」と名乗るかどうか決めることが出来なかった。
ああ、どうしようかな…それにしてもこの徳利蕎麦、なぜ蕎麦を徳利に入れる必要が?逆に食いづらいのではないか?
と、そこで針墓之介の思考は中断された。突然、何者かに背後から、わっ!と驚かされたからだ。刀で。
「なにやつ」
針墓之介が訊ねると、虚無僧姿の刺客は
「貴様の命を狙う剣客さ。宵闇のジョンソンとでも呼んでいただこうか」
と答えた。針墓之介はショックをうけた。
こやつ、自分で自分の事を剣客と言っただけじゃあない、宵闇のジョンソンなんてかっこいい名前を自分で名乗るなんて、どういう神経してんだ?
「ばか!恥を知れ!」
針墓之介はジョンソンを裂いた。
拙者だったら絶対、そんなかっこいい名前名乗らない。むしろかっこよさから出来るだけ離れた方がかっこいいって思うタイプ、拙者は。で、考えすぎてクソ山クソ衛門とかにしちゃって、後で後悔するタイプ。いっつもそう、拙者って。
ジョンソンは裂けた。

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