花売りと魔法使い

□第7話〜第12話
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第7話
お題:一人旅

「ああ…いきたくないなあ…もう」
世界魔法闘技会の審査員を頼まれた魔法使いは、出発直前まで行くのを渋っていた。
「何言ってんです。ドタキャンなんかしたら各国の魔法使いギルドから総スカンくらいますよ」
弟子は、旅に必要なものを整然と詰め込んだトランクを魔法使いに手渡す。
「てか、僕、全然興味ないのに審査員とか、意味なくない?」
「はいはいわかりました。意味ないですね、うん。いってらっしゃい」
弟子は、口を尖らせて文句を言う魔法使いを、てきぱきと扉から押し出した。
「行くから、押さないでよ…てか、ルシルさぁ…」
「何です」
「……なんでもない…いってくる…」
猫背を更に曲げて、トランクを引きずった魔法使いの姿が遠ざかるのを見ながら、ルシルは思う。
本当に最近の先生はおかしい。
魔法使いは、先日風邪をひいた後、何だかすっかり沈み込んで部屋に引きこもってしまった。いいかげんもう花売りにまっぷたつにされる事に懲りたのか、と思えばそうではなかったようで、数日たったらまたまっぷたつにされに行っていた。
その帰りに何故かGパンを持ち帰ってきて、着るでもなく煮て食べようとして、吐いた。
もともと変わり者ではあったが、あまりに奇行が目立ち過ぎる。さっきのように何か言いかけてやめたりする事も多い。人がこの姿を見ても、きっと彼が偉大な魔法使いであるとは信じられないだろう。
原因は何か。聡明な弟子には見当がついていた。
"花売りのお姉さん"だ。先生は花売りさんを好いている。馬鹿は多分、弟子の私にもそれがバレていないと思っている。いや、或いは先生自身が恋愛感情に気づいていない可能性すら、ある。
ルシルは、考えた。
このままでは、世界を震撼させた混沌の魔術師・ユリウス=ロシエールは駄目になる。そうなれば、弟子である自分の将来も危ういのではないか、と。
「…困ったな」

一方、魔法使いはブーツの先で小石を蹴りながら、闘技会の開かれるレギオーヌ皇国に向かってダラダラ歩いていた。正直、闘技会の審査なんて魔法使いにとってはどうでもよかった。魔法使いが気になっているのは、風邪をひいて弟子にお使いを頼んだあの日の事である。
なぜ、弟子はまっぷたつにされなかったのか。
なぜ花売りは弟子と楽しげに会話していたのか。
ルシルは背は低いが、女性には人気があるようだ。時折屋敷に女の子が訪ねてくることもある。
…えー…じゃ、お姉さん、ああゆうのが好みだったってこと?
そうだったら嫌だな、と魔法使いは思った。あんなに怪獣みたいな女の子が、普通の優男を好きだなんて、何だか面白くない。
「……」
唐突に魔法使いは立ち止まり、口の中で小さく呪文を唱えながら指で空気をかき回した。
「crescend(クレッシェンド)…」
かき回された空気中に含まれていた微細な菌が動きを変えて、近くを通った羽虫の体内に侵入る。羽虫はその影響で微かに進路を曲げ、小さな葉っぱの上に乗る。葉っぱから水滴が垂れた。
水滴を目に浴びたカエルは飛び起きて、それを見た荷馬車の馬が微かに足を動かし、積み荷の粉袋の角度が変わり……

ぶしっ
「うわっ!」
街の市場で牛乳とチーズを購入していたルシルは、たまたま通りかかった羊に、思いきりクシャミをぶっかけられた。
「げえ…お、お前〜…何でだよ〜」
半泣きで抗議するルシルに向かって、羊は鼻を垂らしながらメヘヘと鳴いた。

「イェス!」
みみっちい憂さ晴らしが成功し、魔法使いは小さくガッツポーズを決める。
が、レギオーヌ皇国の巨大な城が見えてきた途端にすぐまた陰気な気分が戻ってきた。
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