花売りと魔法使い

□第18話〜第23話
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第18話
お題:金貨3枚

酒場で声をかけてきた眼帯の男を連れ、アドルカンは切り立った崖の上にやってきていた。
「昨日、君が水晶に映していたのは確かにここか?」
吹きっさらしの赤い地面に所々貧弱な草の生える風景を眺め回してそう訊ねた眼帯の男を、アドルカンは睨みつけた。
「馬鹿にしてんのか?俺の魔法は絶対だ。あのクソ野郎と女が昨夜ここに居たのは間違いねえんだよ」
「くそ野郎…ああ、あの一緒にいた男か。何者だ?彼は」
男の言葉に、アドルカンは訝しげに眉をひそめた。
水晶の場所に案内してくれたら金貨3枚出す、と持ちかけられ、酔っていたせいもあって言うとおりにしてしまったアドルカンだったが、男を信用していた訳ではない。
右目に黒い眼帯。40代前後の痩せた男だが、物腰から妙に剣呑な雰囲気が漂っている。アドルカンはサーベルのような形の魔法杖をいつでも抜けるようにして、眼帯の男に殺気を含んだ視線を飛ばした。
「ユリウス=(クソ)=ロシエールは魔法使いだ。しゃくに障る話だが、魔法をかじってる奴ならあいつの名を知らねえって事はねえだろうが。てめえこそ、何者なんだ。おい、魔法使いが魔法使いであることを黙ってるってのは、女が足に隠すナイフと同じでな、頭に来るんだよ」
男は黒いトランクを地面に置くと、両手を広げて薄く笑った。
「私が魔法使いだと言うのかね」
「絶対だ。俺の目玉は魔法使いとそうでない者を見分ける。答えろ。てめえは何者だ」
「なるほど…君はなかなか優秀な魔法使いだな」
男はマイペースな声で呟きながらトランクを開け、中をごそごそやり始めた。
「ふざけんなテメエ。質問に答えろ」
首筋に突きつけられたアドルカンの杖を全く意に介さず、男は、上部に逆向きの傘のようなものがくっついた薬瓶を取り出すと、中の薬液を周囲に振り撒いた。薬液は白煙となって空気中に散り、その後だんだん緑色に変化し始めた。
「ふん…錬金術師かよ」
アドルカンの口から舌打ちにも似た言葉が漏れた。大概の魔法使いは、錬金術師を蔑んでいる。魔力の弱さを他の物で補おうとする半端者、と見なしているからだ。男はアドルカンのその目つきを気にする様子もなく、薄汚れた手袋の手を差し出す。
「…ギュンター=バウムガルド。錬金術師だ。ここ数十年の魔法業界の事は知らない。事情があって、一線を離れていた」
「…は」
アドルカンは絶句した。錬金術師ギュンター=バウムガルド卿の名前はアドルカンも聞いたことがあった。全体にインチキの多い錬金術師の中で数少ない"本物"と謳われた伝説的人物である。ただしそれは百年前の伝説だった。
「嘘だろ…生きてりゃ150は越してるはずだ…あんた30代にすら見えるぜ」
「どうも」
ギュンターは興味なさげに会釈をすると、
「…しかし困ったな。来るのが12時間44分遅かったようだ。君、例の"くそ野郎"氏の家は知っているかね?」
別の薬瓶を開け、中身を飲み干した。見る見るうちに錬金術師の身体は若々しくなり、更に身なりまでも溶け出すように別のものへと形を変えていった。
「ああ若さって素晴らしいな…そうだ、君、少し手伝ってくれ。金は後でいくらでも手に入る。好きなだけやろう」
20歳前後の貴族の召使い、といった風貌になったギュンターは眼帯を外すと、目玉のない穴の中に翡翠色の義眼をはめ込み、アドルカンにつまらなそうな笑顔を向けた。アドルカンの目の周りが軽く痙攣する。
「…なめんな。俺は物乞いじゃねえ、魔法使いだ。金で簡単に言いなりにできると思ってんのか。テメエは気にいらねぇんだよ。伝説の錬金術師だろうが何だろうがな、俺を侮辱する奴は殺すまでだ」
黒髪の魔術師に杖を突きつけられた錬金術師は、無抵抗に両手を上げながらも、気味の悪い笑顔を貼り付けたまま。
「いや、申し訳ない。場合によっては"くそ野郎"氏を消さなきゃならないのでね。君のような優秀な魔法使いの力を借りたかったんだが…諦めて他の助手を探すことにするよ」
「何だと…」
錬金術師の予想通りアドルカンの顔色がサッと変わった。
「爺ィお前…隠居してたから知らねえんだろう。いいか、教えてやる。ロシエールをブチ殺せるだけの実力のある魔法使いは、この世に俺以外存在しねえ!絶対だ!」
それを聞いた錬金術師は、素晴らしいな、と、少しだが今度は本当に笑った。
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