花売りと魔法使い

□第24話〜第29話
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第24話
お題:凍った森(空気が)

魔法使いの魔法によって生み出された混沌の道は、深い森の奥に向けて続いていた。
皇帝の森、と呼ばれるこの広大な木々の海に足を踏み入れる者の大半は、自殺者である。一度入ったら死ぬまで抜け出せないと言い伝えられているからだ。
方位磁石は狂い、木々に覆われて天体を観測することもできない。道に迷うのはもちろんのこと、森には様々なモンスターの類や、人間以外の未知の部族などが潜んでいる。例え方角が判っても生きて出るのは至難の業。そういう場所なのだった。
その皇帝の森の真ん中に、
不似合いな格調高いダイニングテーブルと椅子が一式。
「先生、晩ごはんできましたよ」
「え、あ…うん」
皿とナイフとフォークを並べながらルシルは師匠を呼んだ。
魔法使いとルシルは紫檀の椅子に着席し、黙々と食事を始める。

本日の献立
めかじきのソテー(にんじんグラッセ添え)
ナッツ入り酵母パン(自家製)
ポップシュリンプサラダ(ワカモーレソース仕立て)
鳥と季節野菜の三色テリーヌ
かぼちゃスープ
洋梨のブラマンジェ

どこかでフクロウが鳴いている。時折背後の草むらをグレムリンが横切ったり、木々の上からドワーフ的な声がしたりする中に、違和感のあるナイフとフォークの金属音が混じる。
「うん…いつもながらすごく美味しいよ…でもさ、」
「何ですか」
弟子の背後には、菜箸、ボウル、泡立て器、量り、各種包丁、キッチンタイマー、キャセロールディッシュ、フードプロセッサーなどの台所用品一式と、更にシンクと料理窯、貯蔵庫までが、ベーシックな縮小魔法でミニチュアサイズにされて整然と積み重ねられていた。小さくしたとは言え、それでもかなりの量である。
「あのさルシル、旅支度、って言ったよね僕…ちょっと持って来すぎじゃない?必要最低限でよかったんじゃない?」
だがルシルは当然という顔つきで淡々と述べた。
「全部必要です。料理を甘く見ないで欲しいですね、先生、良いですか、手間を惜しむからクオリティが下がる。逆に言えば手間さえかければ家庭でも本格の味が出せるんです。てゆうか言われたから持っては来てますけど先生のパジャマとナイトキャップの方が必要なくない?捨てていいですか?」
「ほんとごめんもう言わないからすてないでください」
その後しばらく無言で皿を空け続けていた2人だったが、デザートを頬張りながら魔法使いが
「それにしてもさ」
と、話の口火を切った。
「お姉さんはなんでいなくなったんだろう」
「わかりません。でも侯爵の令嬢じゃないのは確かです。…む、クレイジーソルト入れるべきだったなこれ」
弟子はサラダを味わいながらそう答えた。
「確かなのか?」
魔法使いの声に僅かな不安が含まれている。彼も花売りが令嬢だとは露ほども思っていないが、確証が欲しかったのだ。
「あの絵、」
ルシルはフォークで空中を指した。
「先生もご覧になったでしょう。あの召使いが持ってきた小さい肖像画です。アレ、かなり古い絵でしたよね」
「ああ…うん、なんか、黄ばんで今にもパリパリっていきそうな」
魔法使いは絵を手にした時の触覚を思い出す。そうだった。描かれて少なくとも10年20年はたっていそうな、古い絵だった。
「描かれていたのは何でしたか?」
「髪おろしたお姉さんそっくりの美人」
「年齢は」
「お姉さんと同じぐらい」
弟子は師匠の鈍さに少しだけイラッときて身を乗り出した。
「だからァ。もし花売りさんがご令嬢なんだったら、あの絵、もっと子供の頃の絵じゃなきゃ変でしょ」
「…ぁ、あっあああ!そうかそうだよ。そうだ!年齢あわないや」
魔法使いはようやく不自然さに気づいて大声をあげた。しかしすぐにまた不安げな顔色になる。
「…待って…じゃあお姉さんは逃げる必要がない…何でいなくなったんだろう?」
「だからそれはわかりませんって。本人に聞けばいいでしょう」
言いながらルシルは席を立ち、テキパキと皿を片付け出す。魔法使いは仕方なく話を打ち切って、大量の荷物の中からパジャマとナイトキャップを探し始めた。
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