花売りと魔法使い

□第34話〜
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第34話
お題:浮島

霧雨の降る海に、巨大な、真っ赤な鍋がひとつ、浮かんでいた。どのような原理であるのか、鍋は、海面に細く長く続くオキアミの行列に沿って、推進していた。それもボート並みのスピードで。
がろん、
と、その赤い鍋の赤い蓋が内側からずらされ、中から顔を出した者がいる。
「…はあ…はあ…」
魔法使いことユリウス=ロシエールであった。
「ブォエエ!」
魔法使いは真っ赤な鍋から半身を乗り出し、海に向かって激しく嘔吐した。
「はっ…はっ…ルシル、せなかさすっボェエエ」
仏頂面の弟子が後ろから顔を出し、渋々魔法使いの背中をさすり始める。
「先生、ル・●ルーゼがゲロで汚れます。もっと身を乗り出して下さい」
「無茶言わないでよ落ちちゃうよ!鍋ぐらいまた買えばいいじゃない」
「私のル・ク●ーゼです、愛着があるんです!ああ船がわりなんかにしてもったいない…これほんと優れものなのに…」
エルフの村を後にして、朝も早くに例の近所迷惑な追跡魔法"カノン"を行った魔法使いたちは、セグウェイや天津甘栗、蟻塚、ホームベースなどで構成された混沌の道を辿り、昼前には森を抜けていた。そうして今、オキアミの行列となって海に続く花売りの痕跡を追いかけ、遂に海へと漕ぎ出したのである。さすがに船の用意はしていなかったため、ごくスタンダードな魔法を使って、ルシルの持参していた鍋(大変高価なものらしかったが)を船の代用とする事にしたのだった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
吐くだけ吐いてぐったりと鍋底に横たわった魔法使いが、涙目で呟く。
「…しんじゃう…」
「船酔いで人は死にませんよ。魔法でなんとかならないんですか?はい、」
冷たいセリフを返し、ルシルはレモン水をコップに注いで魔法使いに手渡した。
「なんないよ…僕、学校でも回復科の授業あんまし出てなかったし…」
「出とくべきでしたね」
「…その先生、すっごいひいきしてくるから、つらかった…」
嫌な記憶を思い出したのか、魔法使いはまだ青ざめた顔を両手で覆い、寝返りをうった。
「お姉さんにあいたい…」
微かに漏れた言葉を聞き、ルシルは、なぜ師匠があんなにも毎日、花売りのもとへ通っていたのか、その理由がほんの僅かながら理解できたような気がした。
「先生は寝てていいです。花売りさんの姿が見えたら起こしますよ」
ルシルは透明な雨合羽を羽織ると、鍋の側面にかけた梯子を登り、蓋の上に座り込んだ。どこか遠くでカモメの鳴き声が聞こえる。雨合羽のポケットから、海釣り入門と書かれた本を取り出し、ルシルは霧雨の海面を眺めた。
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