短編/連作

□コーンフィールドゾンビ
3ページ/17ページ

レイ・キャラックはウィローヘッドタウンで生まれ、ウィローヘッドタウンで25年生きてきた。しかし一度たりともこの町をいとしく思った事はない。町の人々は彼を決して仲間とは見なさなかったし、レイの方もそうだった。同じ町に住んではいても、彼は言わば異邦人のようなものなのだ。
つまはじき者であったのは彼の父親、デイビー・キャラックの代からである。デイビー・キャラックは小さな牧場の婿養子としてこの町にやってきた。妻があっさりと病で死んでしまってから、彼は牧場を売り払い、町の様々な女性と関係を持った。中にはレイプまがいの事件もあったようだ。
結局、真実は不明なままだったが、レイはそのうちの1人の女性に産み落とされた。デイビー・キャラックは、サンドバッグと専属メイドの代わりに彼を引き取った。14歳の夏まで、レイは暴力を振るう飲んだくれの父親の世話をし続ける事になった。
かわいいシングル・アイを蹴り殺したこの父親のことも、レイはもちろん愛していなかった。だからデイビー・キャラックが死んだその日も、葬式の日も、一滴の涙すら流さなかった。
デイビー・キャラックの死には幾つかの謎が残っている。他殺であるのは明らかであるにもかかわらず犯人に繋がる手がかりは一切出なかったのだ。
一番の容疑者は息子のレイ・キャラックをおいて他にいない。町ではそう噂され、事実、レイは幾度も警察の事情聴取を受けた。動機は充分、犯行当日のアリバイも無かったが、決定的な証拠は挙がらなかった。限りなくクロに近いシロ。そう判断を下されたレイは逮捕こそされなかったものの町の住人たちからは完全に父親殺しの犯人と見なされ、死んだデイビー・キャラック同様、つまはじき者として扱われる事となる。
これがごく普通の殺人事件であれば、或いはレイに同情する者もあったかもしれない。だがデイビー・キャラックの遺体は執拗に切り刻まれ、バラバラにされていた。その事が明るみになった時点で、レイは街の誰からも距離を置かれる存在になった。父親を殺してバラバラにする"異常な人格の人間"として。

12月。
レイ・キャラックはジャケットの襟を立ててとうもろこし畑にやってきた。収穫が終わり、畑にはもう何も生えてはいなかったが、ゾンビはそのまま放置されていた。鳥を追う必要はなかったが、電化製品と違いスイッチなど付いていないゾンビは、乾いた冷たい風の中、律儀にカラスを払っている。
「よぉ。寒いな今日は」
レイの言葉にゾンビはすぐに振り返った。ゆっくりと首を傾げた後、おぼつかない足取りで近寄ってくる。
「あんたは寒さを感じねぇか。クックッ、羨ましいぜまったく」
レイは笑いながら右袖を捲り上げる。シャツの下の、まだらに血染みのついた包帯をくるくると解くと、石切り場のように抉れた凄惨な右腕があらわになった。
「欲しかったか?俺が来るの待ってたんだろ、なァ、そう言ってみろ、よっ」
一瞬だけ息を止め、彼はナイフで腕の肉を削り取る。
「クックッ…冗談だよ、あんたにはそんな感情あるわけない。ないからいいんだ……そら、食いな」
レイの差し出した掌の上から、ゾンビは直接肉を食うようになっていた。夏の終わりのあの日以来、彼は幾度となくこの行為を続けていたのだ。
掌に口を付けて恐る恐る肉を食らう女ゾンビのブロンドの髪を、レイはそっと掻き上げてみる。崩れて半面の歯茎が剥き出しになった顔を見つめて、彼は目を細めた。
「あんたは本当にきれいだな…」
ゾンビの、がらんどうになった片方の眼窩で何かがきらきらと動いていた。虫だろうか。レイは顔を近付ける。
「虫もあんたのことがきっと、好きなんだ、」
ゾンビは彼の肉を咀嚼しながら小さく、ゴボッと喉を鳴らした。生きてはいない灰色の首の皮膚が波打つ。レイ・キャラックの喉も微かに動いた。彼はそして鼻先5センチの距離まで近づいたゾンビの剥き出しの歯茎に口づけを、した。
風が吹く。
枯れて倒れたとうもろこしの葉が立てた音を聞いて、レイ・キャラックは弾かれたように死人から身を離した。
「…ああ、」
彼は呻いた。口づけの瞬間、彼はシングル・アイの事を思い出そうとした。しかし、犬は彼の意識の外に閉め出されてしまった。死人は犬ではない。"おれは飼い犬を愛するようにこの死体を愛しているわけではない。"
レイ・キャラックは青ざめたまま数秒の間茫然と立ち尽くしていたが、
「すまない…、」
と呟いて踵を返すと、包帯を巻き直す事もなくその場を去った。
ゾンビは未だ彼の肉を噛みながら微かに押し殺すような呻き声を漏らした。彼女は肉を全て飲み込んだ後も動かなかった。レイ・キャラックが早足に消えた坂道を眺めているようにも見えた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ