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□裸足の君は物言う花
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「ちょっと待ってて?」と言って店に入って行く後ろ姿を唖然と見送る。
今のうちに逃げた方がいいのだろうか?
シンデレラだの百合だの魔法だの
なんだか少しサンジくんみたいな気もあるその人は到底悪い人には見えないけれど、
武器を持たない今の私は無防備なことこのうえない。
用心に越したことはない。
そう思い右に行くか左に行くかで迷っていたら「お待たせ!」という声と共に紙袋を手に提げた彼が店から出てきてしまった。
「じゃ、行きますかっ」
「え…?えっ?!ちょっと!」
「ん?どうかした?あ、おれの名前?おれの名前はね…」
「聞いてない!!どこ連れてく気!?おろして!!」
「どこって…おれの職場?」
私を横抱きにして運ぶ長い腕から逃れようとするも抵抗虚しく連行される。
ついさっき、水商売の勧誘を受けたばかりなのに……!
「い、いやっ!放して!私そういう仕事興味ないったら!!」
「えぇぇ?どういう仕事のこと言ってるのさ」
「ちょっ、叫ぶわよ!?」
「ハハ、じゃれあってるカップルにしか見えないよ」
「なっ…!冗談言ってないでさっさとおろしなさいよ!!」
ハハハーと笑う呑気な男から、ふわりとシャンプーの香りが漂った。
「おれの店、ここ」
「え………美容院?」
「そ。おれ、ここの新人美容師」
カランコロンと器用に扉を開けた先には数人の美容師と客。いたって普通の、どこにでもあるような美容院だ。
「いらっしゃーい……ってなんだナオか。さっき上がりじゃなかった?」
「おまえ何?忘れ物?てか、え?その子どうした?」
「おれの客です。ちょっと空いてる席使わせてください」
言うなり隅の席に私をおろし、大きめの洗面器にお湯をはって持ってきたナオと呼ばれた男は
砂まみれの私の足を丁寧にすすぎ出した。
「ちょっ…ねぇ、自分でやるから…」
「いいからいいから、シンデレラちゃんは大人しくしてて?」
「はっ?それその子の本名?」
「違いますからっ!!」
隣の美容師に目を丸くされて慌てて否定する。
「じゃあユリちゃん?それともサユリちゃ……」
「ナミよっ!!」
「へぇー、ナミっていうのか」
「……………」
しまったつい名前まで……
足をマッサージするように丹念に揉みほぐす長い指たち。
下から私を見上げたマイペース男は再びくしゃりと笑った。
「似てるな、ナオとナミ」