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□空よりも深い青
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side-Nami



「……少し離れねェかい。身体の自由が効かねェよい」


「イヤよ。離れたら、またすぐどこかに行っちゃうじゃない」



「まるで幼ねェガキみてェだな」と優しく笑ったマルコは意地でも離れない私を引きずりつつ、

ゾロの隣で何故か悶えている様子のサンジくんに向かって歩き出した。



「すまねェ、水を飲みてェんだが、キッチンを借りてもいいかい?」


「あ?……あァ、構わねェが……」


マルコの背中に張り付いたままふたりの前を通りすぎると刺すような視線が少々気になるが


それもこれも今はいい。


この人は、一度離れてしまえばまたいつどこに行ってしまうかもわからない。

少しでも、この温もりに触れていたい。






「……寂しがりがパワーアップしてんじゃねェのかい?」


「ちがうわ。溜め込まれてた寂しがりを発散してるのよ」


キッチンに着いてもマルコは水なんて飲む気はないようで、

備え付けのソファに私を座らせると自分はその目の前にしゃがんであやすように頭を撫でてくれる。


「……そりゃあおめェ……逢いに来なかったおれに対する当て付けかい?」


「うん……そうかも」


少し不貞腐れて呟くと、マルコは困ったように苦笑いして「悪かった」と一言私に詫びた。


周りの人間はこの人を「愛想がない」だとか「冷たい」だとか言うけれど、


私はちっともそんなこと思わない。



「待っててくれて……ありがとよい」


「うん…………」



その証拠に今だってこうして「ふたりきりになりたい」という私の願いを叶えてくれている。



「悪いんだが……おれは今から少し、船に戻らなきゃならねェんだ」


「…………なんで?」


電気もついていない寂しいキッチンで、一気に不安の色が灯った私の頭をマルコはひたすら撫でる。


「…………この辺りの偵察状況を親父に伝えてくるんだよい。小一時間で戻るから、そんな顔しねェでくれ」


「…………エースに行かせれば?」


正直な気持ちを言葉にするとマルコは一瞬目を見開いて、小さく吹き出した。


「おめェそれ、エースの奴が聞いたら泣くぞい。……おれの方が速ェんだよい。またすぐ戻ってくる。そしたら今日はそのままこの船に泊まらせてもらうから、少しだけ我慢してくれ」


「…………………」


離れるのは少しの間だけだとわかっていながら頷くことができずにいる私を見て、「困ったねい」とマルコは眉を下げる。


「…………今ここで、キスしてくれたら大人しく待つわ」


「……………………」


交換条件のようにそう言うと、マルコは一瞬動きを止めて私をじっと見つめ、

それから立ち上がって小窓の外に目をやり人の気配がないことを確認して、

片膝をソファにかけてゆっくりと、唇を重ねるだけのキスを私に落とす。

瞬く間に離れようとした唇に物足りなさを感じて

私はマルコの首に腕を回し引き寄せ、もっと深いキスを要求した。

強く引っ張った衝撃で倒れかかるように私の身体に覆いかぶさったマルコは、驚きながらも私の舌を受け入れてくれる。

何度か舌を絡ませあって、視線を交わした後、

名残惜しい時間はマルコのチュッという可愛らしいキスを最後に途切れた。



「………………」


「…………そんな顔しても、これ以上はだめだ。誰か来たらどうする」



もっと、という視線を送ってもマルコはさっきのように優しく頭を撫でてくれるだけで、

もう行ってしまうのかと思うと一気に寂しさが込み上げて悪あがきのように黙って首元にまとわりついた。



「…………積極性もパワーアップしたのかい?」


「……も、ってなによ、寂しがりも積極性も、発散してるだけですー」


「そうだったねい、だがそのへんにしとけよい、ここはキッチンだろい、それに…………」


マルコは私の身体を急にぎゅっと強く抱くと、耳元に唇を寄せ、息だけで囁いた。




「止まんなくなっちまうだろい…………」





そうなったって、いいのに。


そう思うけど、マルコは決してその先に踏み出そうとはしない。


時間や場所がないと言われればそれまでだが、何かそれとは違う理由が混在しているようで、

付き合って随分経つというのにあまりにも心もとなく、それもこちらだけかと思うと切ないものがある。


その反動が私の中の「寂しがり」や「積極性」といった部分に働きかけているんだって、そう思う。



「そろそろ行くよい」


「…………うん」


抱きしめ返そうとしたがその前に呆気なく身体を離したマルコは戸惑う私の頬にキスをして、手を引いてくれた。








「…………あ、」


「……キッチン、ありがとよい」


「だァァァ!てめェ何手ェ繋いでやがる!」



さっそく宴の準備にとりかかるのか階段でサンジくんと鉢合わせ、

今にも私たちを引き離さんばかりの勢いで迫ってきたので、犬に対する「ハウス」の要領で「準備」と一言命令すると

私の気持ちを読み取ったのか渋い顔をしてとぼとぼとキッチンに入っていった。



本当に人が来るところだった。さすがにサンジくんに見られたら面倒だ。






「エース、おれは今から一旦船に戻るよい」


「おう、そうか!親父によろしく!」


「え?おまえ帰んのか?」


「用事を済ませたらまた戻ってくる」


芝生の上でくつろぎモードな兄弟の傍まで行くと、マルコは真剣な面持ちでエースの二の腕をがしりと掴んだ。





「ナミを、よろしく頼むよい、エース」


「おう!任せとけ!」



自信満々に笑ってみせたエースにマルコは安心したような表情を見せた。


こんなふうに言葉や態度の節々で大切にされていることを感じると、


私の胸はどうしようもなくきゅんと疼き、またひとつ、この人を好きになっていく。




「なるべく早く戻ってくる……エースと、暇でも潰しといてくれ」



ぽんっと一度私の頭に手を置くと、返事も待たずに大きな鳥になったマルコはくるりと身体の向きを変えて

風のように空の青に溶けていってしまった。




「きれーだなー。キラキラしてる」



チョッパーがポツリと呟いた一言が、私とはまるで疎遠なもののようにも聞こえて


頭に残った大きな手のひらの感触にひとり、いつまでも焦がれていた。
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