novels2

□虎の尾を踏む臆病狼
3ページ/15ページ






「ナミが船長を……?」


「あァ……ペンギンおまえ、知ってたか?」



なんとかペンギンを引きとめると、おれは聞かれもしないのに傷心理由の一部始終を語った。



「…………いや、まァ知ってたが……」


「んな…ッ!?てめェ知ってたなら教えろよ!!」


散乱した物を一通り元の位置に戻して掃き掃除までしだしたペンギンの丸まった背中を

二段ベッドの上から見下ろす。



「……それにしても、随分と昔の話を持ち出すんだな」


「あぁ…?どういう意味だよ?」


「確かにナミはうちの船長に惚れてたとは思うが、それは随分と昔の話だろう」


箒と塵取りを握りしめたままおれを見上げたペンギンは

不可解だとでも言うように眉をひそめた。


「だーからッ!昔から船長のことが好きで、それで今までおれを利用してたん……だァァッ!言わすな!悲しくなるだろうがッ!!」


おまえが勝手に言ったんじゃないかと呟き屑籠に塵を捨てたペンギンは、

倒れたままの梯子の横に転がっていたおれの銃を手に取った。



「今でも船長のことが好き……?ナミがそう言ったのか?」


「……だから、そうだって!頼むから何度も言わせんなよッ!」


「………………」


椅子に座りくるり、くるりと銃を弄びながらふむと鼻を鳴らしたペンギンは

これまた床に落ちていたキャスケット帽を、掬い上げた足でそのままおれのところまで飛ばす。


「足癖悪ィぞッ!!」


「おれにとってはにわかに信じがたい話だな……」


「は……あぁ?なんだよ、何が言いてェんだよ、さっきから」


「シャチ、おまえってやつは……」




ぴたりと手の動きを止めたペンギンは深くかぶった帽子の下からしたたかに光る瞳を覗かせた。





「つくづく女の嘘が見抜けない男だな」





悪い顔で笑う珍しく愉快そうなペンギンに

おれは眉間を皺にする。



「…………な、なんだよそれ、意味わかんねェ…」


「まァ、いい。……ところでおまえはどうする?さっき言っていたみたいに“コレ”で逝くか……それともあの人に、挑んでみるか……」


「………………」



いつもの白々しい顔に戻ったペンギンは、垂直に投げた銃を器用に掴んで銃口をおれに向けた。




「あるいはいっそ、彼女を楽にしてやるか……」




氷の心も度を過ぎれば砂漠の心になるらしい。


真っ黒な穴の向こう側にある、砂を噛むようにざらついたその瞳を見据える。



「……ばかやろう、おまえ、どれもこれも一瞬考えたがよ…現実味の欠片もねェだろうが……」


「確かに、どれもこれもおまえには荷が重いな。百歩譲って船長に吠えるのがやっとだろう……ふっ」


「鼻で笑うなッ!!」



「しかし、現実味か…」と呟き片足を自分の膝の上で胡座にして

そこに頬杖をついたペンギンは下からおれを突き刺すように見上げた。




「現実を追いかけてどうする…………おれたちは、海賊だろう……」


「………………」



ぐうの音も出ないとはこのことだろうか。まったくもう、かなわない。


喉に言葉を詰まらせたおれを嘲るようくるりと背を向けて

後ろ手に銃を振ってみせる仕草がやけに鼻にかかる。



「まァ無理もない。うちの船長に逆らうなんて自殺行為に等しい。そもそもシャチ、おまえじゃ勝ち目もない…か」


「なっ!……そんなの、わかんねェじゃんよ……」


「だったらやってみるか……?」



くるりと再びこちらに向いたペンギンは人差し指をおれに向け、

まるでサイレント映画のように口の形だけを変えた。





“バーン”





「…………」


「……想像だけでビビってるようじゃ無理だな。残念だ…」



面白くなりそうだったのに。



口元に不敵な笑みを張りつけたこいつの頭の中には

とんでもなく良からぬシナリオが浮かんでいるようだ。



「……船長じゃなくておまえなら、迷わず殺りに行ってやるところだよッ!」


「そうかなるほど、船長でもおまえでもなく、ナミがおれに惚れるか……それもいい」


「だァァッ!やっぱダメだ!おまえもダメっ!!」


相手が誰であろうが、嫌なものは嫌だ。

髪の香りも爪の艶も、

瞳の色も唇の感触も……


おれだけが知っていたい。

おれだけのものに、したいんだ。




「なんにしろ面倒事に巻き込まれるのは御免だ。騒ぎを起こすなら、おれが船長の能力範囲外にいるときにしてくれ」


「な、なァ、そもそもナミがそうだったとしてもよ、船長にその気がなけりゃ…ひとまずいいんじゃねェかな…?」


「あの人がナミに手を出さなかったのはシャチ、おまえの女だったからだろ?船長は、わざとおまえに牽制されてやってたんだ」


「……そ、そうか、じゃあ気をつけねェと……」


制するものがなくなった今、もはやあの人のやりたい放題というわけか……。

たらりと冷や汗をかいていると、今思い出したかのようにペンギンが呟いた。





「あァ、そういえば戻ってくる途中、二人揃って船長室に入っていくのを見たから不思議だとは思っていたんだが…おれがいない間にまさかこんなことになっているとはな……」



惚けた顔で恐ろしいことを言ってから、

もう必要ないと踏んだのか、ペンギンは倒れた梯子をベッドの下に押しやった。




「船長室…………」



“そういうことは早く教えてくれ”


回りながらやってきた銃に気をとられてそんな言葉も出すことができずにいると

ペンギンは何が面白いのか鼻唄まじりに帽子をかぶり直して部屋を出ていった。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ