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□お姫様はどこ吹く風
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所狭しとレジ台に並んだ上質な生地たちをくるくると指先で持て余し
ヒールで高くなった腰を少しだけ曲げて退屈そうに頬杖をつく知った顔。
名前を思い出すよりも先に印象だけが頭をよぎる。
世界一、男を待つのが似合わない女。
「お姫様はどこ吹く風」
「…あら、今日は珍しい人によく会う日ね」
「あんた…麦わら屋の……」
気だるげな瞳に少しだけ驚きの色が加わってこちらを振り返った女。
頬杖はついたままだ。
「…ナミよ。女の名前くらい覚えときなさいよね」
「顔は覚えてた」
「美人だもの。当然じゃない」
「……」
すまして言い放つ高飛車に、事実だからか言葉もない。
「で?2億のルーキーさんがなんでこんなとこにいるのよ?」
「あんたのその格好の方が疑問だな。玉の輿にでも乗って海賊やめたか?」
この店で買ったであろう
黒にラメが散りばめられたミディアムワンピースから覗く白い足に向けた俺の視線に気がついたのか
見せつけるようにゆっくりと交差してみせるのはなかなか様になっている。
「言い寄ってくる男なら捨てるほどいるわ。だけどあいにく海賊をやめる気はないの」
「そうか、そりゃあもったいねぇな」
「もったいない?たかだかその辺の玉の輿に私はもったいない…の間違いでしょ?なんせ未来の海賊王をラフテルまで導く女だもの」
コツコツ器用に踏み出される足の速度に合わせて徐々に目線を上へ上げれば
挑発的に胸から肩へと這った手は
俺のパーカーの紐をやっぱりくるくると弄ぶ。
「後述に対しては否だ」
「前述は肯定するんだ」
満足そうに目を細めて笑みを浮かべる女を見下ろすと
無言で肯定を表すしかない自分が可笑しくて同じように笑った。
「へぇ、笑ったりできるのね。トラ男も」
「俺はトラ男じゃない。男の名前くらいきちんと覚えておくんだな」
「自分が忘れられない程の良い男だって言いたいの?
…ま、否定はしないけど。ロー」
生意気な態度はそれでも男を喜ばせることに慣れているようで
はからずもまんまとその上手い口に乗せられて右下で不規則に動く手に自分の手を添えた。
「ナミー、着替えたぞ!似合って…って、そいつは誰だ?」
ワインレッドのシャツに黒いスーツをゆるく着こなした長身の男が
少し離れた試着室の扉を勢いよく開けてその勢いのままこちらに走ってくる。
麦わら屋の一味ではないようだが…
この女が待っていたのはこいつか。
「遅い!エース!!」
「悪ぃ悪ぃ。で、そちらさんは?」
エース…
「船長、エースって…火拳じゃないですか?」
頭のどこかに置かれていたその情報が
俺の後ろで待機していたペンギンの耳打ちによって高額な手配書と一致した。
「うーん…ルフィの友達?」
「は…?」
「なんだそうか、ルフィの友達だったかー!こりゃどうも弟がいつも世話になって…俺はエースだ、ひとつよろしく頼む」
麦わら屋と友達になった覚えはないし
そもそも海賊の世界にそんな平和な関係がまかり通るのかいささか疑問だが
その点を差し置いてでも気になることがひとつある。
「え!??麦わらって火拳の弟なの!!?」