novels2

□麦わら帽子が呼んでる
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黒で印刷された活字がじわり、滲む。



まるで今の心の情勢を映すかのように



紙の中の世界も歪んでいった。















「麦わら帽子が呼んでる」













2ページ程はすんなり頭の中に入っていった。


例えば海軍の凱旋パレードだとか
最近名を上げてきたルーキーの所業の悪さだとか
新人科学者の優れた発明品の世界販売だとか……





新聞を持つ手に力が入らなくなって、
熱くなっていく顔を隠すようにわざと両手いっぱいに広げて、
彼の声が楽しそうに響くたびに鼻の奥がつんとなって
記事の内容がちっとも頭に入ってこなくなったのは

4ページほど読み進めた頃だろうか。








「……おい、言いたいことがあるならハッキリ言ってやりゃあいいだろ」



キッチンの壁際に並べられたソファで組んだ足の指先がぴくりと震える。

3本の刀を立て掛けて手も足も胡座をかいて真っ直ぐ扉の方を見つめたまま

私にしか聞こえない低い声で隣の男は言った。




「何もないわよ。あいつに言うことなんて」



「それがそう思ってる奴の面かよ…」




最後の方は食卓で再び大きな笑い声をあげるルフィと
その周りで楽しげにはしゃぐウソップや微笑むロビンの声によって掻き消されて

その声には反応せずにこっちを向いたゾロの視線に気がつかないふりをして黙々とページを捲る。




「別にあいつが誰とどう過ごそうがあいつの勝手よ。いつもと変わらないじゃない」


「いつもそうだから、嫌なんだろうが」



眉間にぐっと皺を寄せたのはぼやける視界を正すため。

なのにどこかの国のお姫様の結婚披露宴の写真がまた、じわりと滲む。

まさかビビでもないんだからこんな記事にさほど興味はないのだけれど

新聞の中で幸せそうに微笑む顔は避け、ドレスの装飾一点だけをただ見つめる。






「あんたに何がわかんのよ」



「…わかんねぇ。お前がベソかいてるってこと以外はな」





今日は弱い、私の心は…。






「言ったって聞く耳持たないわ。こっちがバカ見るだけよ」


「だからってずっとそうやって怖い顔してるつもりかよ」




ゾロの脇腹に肘を喰らわすと低い唸り声と共に持っていた新聞がハラリと一瞬だけへたり落ちて

隙間から覗くのは

私の大好きなルフィの笑顔。



言いたいことならたくさんある。


付き合い始めても以前となんら変わらぬ関係に焦りや苛立ちを覚えたことも

何度だってある。


その瞳に見つめられるたびに期待が高まって

その声が海に吸い込まれるたびに不安が渦巻く。


そんな思いを、何度もしてきた。



しょうがない、そんなルフィを私は好きになったのだから。


何度も自分に言い聞かせ、


一人寝の夜にはベッドの中でぎゅっと胸を押さえた。



ルフィが見ているのはいつだって水平線の向こう側。


私はただその瞳に映りたいだけ。

その温もりをすぐ近くで求めるだけ。

その笑顔を私だけに向けてほしいだけ。


なのに………
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