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□あだなるアイツは忠誠男
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何度かあった。
新世界でたまに顔を合わせるようになったこの男に、
本気とも遊びともつかぬ口説き文句を囁かれたことは。
「なによ?自分は一途な男だって言いたいわけ?」
「あんたに対してはたわむれじゃなく本気だと言ってるんだ」
「…若干はぐらかしてない?」
「なんだ?もう確定的な言葉が欲しいか?随分とおれのことが気にかかるようだなァ…」
「だ れ がっ!あんたも所詮あそこにいる女好きフェミニストと同類よ」
そもそもの「遊ぶならあぁいう浮気性の男」という私たちの話題の発端にされていた金髪のコックは
私が指差す先でレッテル通りロビンにハートを飛ばしている。
「……心外だな。あんなふざけた奴と一緒にしてもらっちゃ困る」
「中核は同じでしょう?」
「どうだかな。確かめてェなら……」
肩に回ったローの腕のその先の指が私の耳をツーっと撫でる。
「船長やっぱり酔ってますね?」というペンギンの視線がこちらに向く。
「おまえもおれに本気になれ」
「…………」
酒のせいで色気を増した視線に間近で見つめられて思わず息を呑む。
ありふれた安っぽい台詞にさえ乗せられてしまいそうなほど、有無を言わせぬ目力だ。
「おいコラてめェ、ナミさんに気安く触んじゃねェ」
いつの間に傍まで来ていたのか
上から低い唸り声が聞こえたかと思うと肩の重みがスッと引いた。
「あ、サンジくん」
ローは自分の腕をがしりと掴んでいるサンジくんの手を乱暴ぎみに振り払う。
「おれに指図するな」
「指図じゃねェ。命令だ」
ローのこめかみにピキピキピキと青筋が浮かぶのを見て「あーあ、せっかくの上機嫌を…」とシャチがため息をつく。
「気安く?気安く触ってるつもりはねェな。…特別に、触ってる」
特別という言葉を強調したローはサンジくんを挑発的に見上げる。
「てめェ…だったら尚更やめねェか。ナミさんが汚れんだろうが」
「ちょっとサンジくん、大げさな…」
「大げさなんかじゃねェよ、こんなどこの馬の骨ともわからねェ野郎の戯言になんか耳貸しちゃいけねェ。
特別だとか抜かして女とくりゃ誰彼構わず手ェ出すタイプなんだよ、こういう奴は」
その言いぐさに反応したのはローの近くで傍観していたペンギンやシャチで、
ふたりともぴたりと動きを止めて険しい顔でサンジくんを睨んでいる。
言われた当の本人は気楽なもので可笑しそうな表情で私を見た。
「……だ、そうだが?あんたもこの男の言うことが正しいと思うか?」
確かに、彼の言い方には多少なりとも引っかかるところがある。
「…サンジくん、私のこと好き?」
突然そんなことを聞かれたサンジくんは「え…」と一瞬戸惑って、それからいつものヘラリとした笑みを見せた。
「何言ってるのナミさ〜ん!そんなのこの世のどんな言葉を尽くしても伝えきれねェほどの君への愛でおれの胸ははち切れ…」
「はいはいはいはいはいはいはい」
もう結構というように両手をサンジくんに向けて制止する。
それでも「投げやりなナミさんも好きだー!!」
などと叫ぶサンジくんを白い目で見つつ、
先ほどからその手に握られていた私へのサーブをちゃっかり取り上げて冷たく言い放った。
「人の振り見て我が振り直せって言うでしょう?ローのことは知らないけど、サンジくんが誰彼構わずなのはよぉ〜くわかってるわ。棚上げもいいとこね」
これ以上話すことはない。という態度で腰を上げた私を見てローが満足げに口の端を吊り上げる。
「ナ、ナミさ〜ん…おれ本気だよ。あ、もしかして妬きもち?」
いい加減遊びだと公言すれば良いものを、あくまで本気だと言い張るこの人の神経が知れない。
「自惚れないで。浮気性の男に妬くほどバカじゃないし、そんな陳腐な愛の言葉に揺れるほど、私は軽い女じゃないわ」
ピシャリと言ってサンジくんの横をすり抜ける。
はぐらかしはするものの、サンジくんみたいに見え見えの嘘もつかなければ
ロビンや他の女にちょっかいを出しているところも見たことがない。
ローの言葉の方がまだ信憑性がある。
ツカツカとヒールの音を響かせながら、
きっと悲しそうな顔で私の後ろ姿を見ているであろうサンジくんを振り向くことなく船内へと足を進めた。