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□海のくちづけ
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太陽みたいな眩しい笑みと
雨のような物憂い瞳が
波のまにまに揺れている。
「海のくちづけ」
つっついたり、つまんだり、つねっても、
「どーしたナミ?」
触ったり、掴んだり、引っ張っても、
「なんだなんだ?」
抱きついたり、キスをしても、
「ハハ、かわいいな、おまえ」
「……………」
ルフィはいつだって、ただ、笑っているだけ。
「なぁナミ、次の島にはあとどれくらいで着くんだ?」
私からのキスを朗らかな笑みで受け止めたはずのルフィは
甘い瞳なんてこれっぽっちも見せずにそんな話題を持ち出した。
「………さぁ、雲が安定しないから、まだだと思うけど……」
「んー、そっかー……」
そうしてまた、海に、陸に、まだ見ぬ冒険の日々に、思いを馳せるルフィ。
「ルフィ………」
「んー……?」
赤い服の襟を柔く引っ張ると、物足りない表情を見せる私に気づいてニカッと笑ったルフィは
唇と額にちゅうっと口付けを落として立ち上がり、「あっちで風にあたろう」と言ってみかんの木の影を後にした。
後ろ髪くらい、引かれなさいよ。
振り返りもせずお気に入りの場所を目指す細い足首を睨む。
手も繋ぐ、キスもする、抱き締めあったりもするし、好きだと言ったり、言われたりもする。
だけどそれらの行為はみんなみんな可愛いものばかり。
愛欲にまみれる、嫉妬にとりつかれる、煩悩の業火に焼かれる……
そんな感情なんて存在しないのだろうか、この男の心には。
要はさっぱりしすぎなのだ。淡白を通り越して、もはや白い。
向こうから触れてきたりキスをしてくることはあっても、
深みにはまるその前に、ニカッと笑ってどこかへ行ってしまう切り替えの速さときたら……。
私はいつも中途半端に取り残された熱をただ潮風に溶かすばかりで、
くつりと燻る胸の奥に身を焦がす。
もっと激しいキスだって、それ以上だってしたい。
生あたたかいルフィの肌に触れるたび、そんなことを思う低俗な私。
だけどそれが普通だ。好きな人にどっぷり浸かって何が悪い。
ルフィには、食欲や睡眠欲はあっても、性欲などないのだろうか。
文句はない。
誰がなんと言おうと彼は何につけても世界一。
私が心の底から認めた唯一の男。
人として疑うことなんて一個もない。
だけど……正直、男として、疑わざるを得ない。
快晴ときどき暴風が吹き荒れる海のど真ん中のメリー号。
さしあたっての私の悩みはそんなところだ。