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□君までの距離
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「これでちょっとはあったかくなっただろう?」


「……変なことしたら殴るから」


「ハハ、わかってますよ、おれも寒いから、ね?いいでしょう?」


「……まぁ、なにもしないならカイロくらいにはなるわ」


そうしてまた空を見上げ、天体をつかった航海術の仕方を教えてくれるナミさん。

おれは腕の中にある彼女の温もりを感じながら、

この役目を志願して本当によかったと頬を緩ませる。



「で、太陽や月だけじゃなくて、座標に出てる57の恒星を使うのよ……って、聞いてる?」

「聞いてる聞いてる」


ナミさんから航海術を習い始めて1週間、おれらの距離は以前よりも確実に縮まった。

だってそうだろう?

以前までのナミさんだったら後ろから抱きつこうものなら

おれが見るのはこの世の地獄、待っているのは血みどろのおぞましい制裁だ。



「……じゃあ今日はここまででいいわ。サンジくんも早く戻って寝なさいよ、明日の朝も早いんでしょ?」


「んー、そうだけど、もうちょっと……」


「………はぁ、仕方ないわね。ここで寝ないでよ?」


「うん、おれの代わりにナミさんに毛布届けてから、部屋で寝ます」


「はいはい」



なのに今は、まるで恋人同士みたいな距離が許される。


はぁ、クソ幸せ。
















「サンジくん、食器は片付けとくから、あんた少し部屋で寝てきたら?」


昨日見張りだったナミさんは少し遅い昼食にキッチンに訪れて、

おれが彼女のために温め直したポトフを食べながら言った。


「え……?いや、レディにそんなことさせるわけにはいきません」

「皿洗いくらいできるわよ、バカにしないで」

「いやいやそういう意味じゃなくて……」


深めの皿にスプーンを置いて、ナミさんはおれを見た。


「ねぇ、やっぱり無理してるんじゃない?航海術なら他のクルーにでも……」

「い、いや!無理なんてしてねェ!おれなら全然平気さ!気つかわせちまったかな……ハハ、ごめん」


動揺して煙草の煙を吸いすぎたおれはむせながら答える。


コックってのは船の中じゃ一、二を争う仕事量の多さで、

普段から少ないおれの睡眠時間が航海術の勉強にあてられてしまうのを

ナミさんは気にしてくれている。


「そう?それならいいけど……」

「優しいナミさんも好きだなァ」

「……あのね、私は別に、あんたのために言ってるわけじゃないから。船のために言ってんの!」

「うんうん、わかってるよぉ。ストイックなナミさんも好き」

「…………ったく、サンジくんってそればっかり」



そればっかりさ。ナミさんが好き。そればっかり。


もともと予備航海士の候補から外されていたおれが無理矢理立候補したのも

少しばかり無理をしてでもナミさんの講義時間を減らさないよう本業に精を出すのも

全部君と一緒にいたいからだって、


それくらいわかってるんだろうけど


そんな不純なおれにも真剣に航海術を教えてくれる真摯な彼女だから、

おれはまた惹かれていっちまう。



「ご馳走さま。私進路見てくるから、食後のお茶はいいわ」

「そうかい?……じゃあ飲みたくなったらいつでもおいで?」

「えぇ」


ナミさんが残していった食器をシンクに運ぶ。

いつ見ても、食べあとが綺麗だな。

つくったものを残さず食べてくれるってのは嬉しい。

あー、なんかもう、こういうとこも好きだ。


けど、きっといろいろ気つかわせちまってるな……。


皿洗いを終えるとダイニングのソファに深く座って身体の力を抜く。

ナミさんに心配させないように、少し眠っておこう。
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