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□できそこないのハート
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私の胸を熱くさせるもの。
帆を張ったときのバサリという爽快な音
インクの匂い
錨が海底に沈む瞬間
見慣れない冒険者のサインが入った宝の地図
宴の後に眺める星空
紅茶の香りが充満する眠たげな午後のキッチン
潮風に揺れる麦わら帽子
それからーーー
「できそこないのハート」
side-Nami
時間が経つと変化していくものってたくさんあるけど、
何年経っても変わらないものだってあるでしょう?
物も言葉も街も
花や木や、何もかも……
ルフィが海賊王になって
夢を叶えていく仲間たちを見ながら
傍にいると気づかないことが多いけど
人間だって変わっていくんだって実感することがあって……
だけど、海は変わらない。
悲しいときには包み込むような深いブルーで
嬉しいときには太陽を映した煌めく青で
揺れながら、揺れながら、
ずっとずっと
私の傍にいてくれるの。
「………よう、診察か?」
「病人がわざわざこんなところに来ると思う?悪人面の医者に診てもらうために」
ニヤリと笑ったことでさらに凶悪な顔になったローは甲板で腕組みをして私を見下ろした。
「だったら何しに来た?こんな辺境の地にわざわざ身ひとつで来るってことは、よっぽど逢いたいやつでもいるんだろ?ぼーっとしてねェでさっさと行ってやれ」
「食えない男」
「知謀な女の男はこれくらいじゃねェと務まらねェよ」
「船に上げて?」
「あァ、おまえの逢いたかった男はこの船の男か。なら上がれ」
まだ惚ける気?と睨むと空を仰ぎながら長い指を愛刀の縁でポロンと流した。
どうやら機嫌は最高潮らしい。
私が訪ねてきてあげたからかしら、と自惚れていると何度やられても慣れない浮遊感。
そのヘンテコな呪文をもっと大きな声で唱えてほしいことこの上ない。
「考えてること筒抜けだぞ、ニヤニヤしやがって」
「……じゃあ何考えてるか当ててみなさいよ」
ローの声がさっきよりもずっと近くに聞こえる。
とても生物の匂いとは思えないアルコールや鉄の匂いも
わたしにとっては一番温かみのあるものだ。
「久しぶりのおれが魅力的すぎて目すら合わせられない………だろ」
「…………ちがう」
「じゃあこっち向け」
「………………」
腕の中でもぞもぞと顔を上げると切れ長で抜けるような色の瞳と目が合った。
うわ…………
「悪いな、相変わらず男前で」
「うわ、相変わらずナルシストね」
「おまえはいい加減免疫つけろ。何年このやり取りを繰り返してると思ってる」
何年繰り返したって無理よ。
逢うたびに瞳の色を濃くして私を捕らえるんだから
抗体をつけたって意味がない。
「ただいまロー」
「……おまえの家はこの船じゃねェだろうが」
「だけど私の心が戻る場所はここだわ」
ローの胸に手を置く。
顔を見ようとすると力強く頭をそこに押し付けられたためにそれは叶わなかった
「おかえり……ナミ」