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□幸せの香りがやってくる
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部屋に消えていくふたりを見て
彼女に想いを寄せる男はおれだけだなんて
これまでの浅はかすぎる思い込みに嫌気が差し、
天空の星ひとつ、掴むことができない無力なこの両手を
爪の先が壊れそうなほどぎゅっと強く握りしめた。
「幸せの香りがやってくる」
「エース……?エース!エースじゃんッ!!」
そりゃあもう、そいつの声を聞けば第一声、いや一文字目で元気なことなんてわかるから、あえて「元気にしてたか?」なんて聞かなかった。
「相変わらず有り余ってんな、ルフィ」
昔みたいにガバリッとしがみついて離れない。
ということも無くなった可愛い弟は、それでも大きな瞳をキラキラさせて、エース、エース、と意味もなくおれの名を連発する。
こいつが執拗にまとわりついてこなくなったのは、サボの奴が死んでからだろうか。
「エースも有り余ってんなァ!!」
「いや今の会話のどこにそんな要素あった?」
「サンジー!飯ーッ!!エースが来たぞーッ!!」
「兄貴の話を聞け」
落ち着きなく雪駄を鳴らしてキッチンに飛んで行くルフィの頭は
既に兄貴の登場よりも今日催されるはずの宴に切り替えられた。
お得意の超高速切り替えというやつだ。
その世話しない後ろ姿を少し寂しく見送っていると、そんなセンチメンタルな気持ちを一瞬で吹き飛ばすような人物が現れる。
「キャッ!?」
お…………来た来た。
ルフィが駆け込もうとしたキッチンからタイミング悪く出てきたナミに、おれは目を輝かせる。
2カ月逢ってねェだけでまた一段と可愛くなりやがって……生意気なやつめ。
「……っと、悪ィ!大丈夫か?」
ぶつかるようにして何気にナミの腰を抱きしめたルフィに、おれは眉間を皺にする。
「大丈夫なわけないでしょ!ドアくらい落ち着いて開けなさいッ!!」
「痛ッてェ〜ッ!!」
とりあえずルフィには後でよく言って聞かせよう。耳を傾けるとは思えないが、いつもあんな感じだとしたら弟でも許せない。
そんなことを思って腕組みをしていたら、「サンジに宴の準備頼んでくるんだー!」とキッチンに消えていったルフィが閉め忘れた扉を
ため息混じりに閉めたナミがこちらに気づいた。
「ナミ!久しぶりだな!!」
「あら……エースじゃない!ルフィの騒がしさの元凶はあんただったのね」
キッチンの前からおれを見下ろしてニコッと笑うその姿はこの世の生物とは思えぬほど愛らしい。
たまに思うんだけど、ナミってもはや人間じゃないのかもしれない。
おれの好みを生き写した生き霊みたいなそんなもん。
そう言ったらマルコに変な顔をされたっけ。
「ナミ!おまえに土産持って来たんだ……っつってもこの島のもんなんだけど……」
「嘘……何?お宝?」
船縁の上にしゃがんだおれの目の前までヒールをコツコツ言わせながらニタッと笑って近づいてきたナミに、
冗談だとわかっていても動きが止まる。
渡しにくいじゃねェか。
「……うちの船では見つけた宝の持ち出し厳禁なの!おまえにはコレやるから……」
瞳をくりくりさせておれを見るナミの腕に、白い花の飾りがついた髪ゴムを通す。
「………なんかコレ、いい香りがするわ?」
「だろ!?ここの島は香料開発が盛んらしくてさ、香りつきゴムだ!」
おれのこだわりに気づいてくれたことが嬉しくて笑顔を向けると
ナミは一瞬硬直して少し頬を赤らめた。
あれ……?もしかして、香りつきゴムって単語に反応してんのか?
そういえば恋愛経験とか聞いたことないけど、案外うぶなのかなー……なんて妄想してテンション上がってきたところに
「……ありがと、気が利くのね」
不意打ちでそう囁かれて真っ赤になってしまったのはおれの方だった。
「……う、あー……けどよ、それおまえにしか用意してねェから……ロビンには内緒な?」
「え……?」
パチリと睫毛を上下させて瞬きをしたナミに触れたくなって手を伸ばす。
そろそろこの想いも伝え時だろうかなんて、甘い感情が沸き上がる。
何も言えずにおれを見つめるナミの瞳にだって少なからずそんな色の感情は見えるのだけれど
いつも確信が持てずに先送りになってしまう。
だけど……今回こそは…………
「ナミ、ちょっとこっちに来てくれ!」
「…………」
まさにナミの頬に触れようとしたその手をそのままに、響いてきた声をゆっくりと見上げる。
「どうしたのーっ?」
「海に何か見える」
見張り台から肩肘ついてこちらを見下していたのは剣士くん。この船の男気No.1だ。
「おーう剣士くん!そこにいたのか!こりゃ挨拶が遅れちまった」
「……おう、ルフィの兄貴か」
「ちょっと待ってて、今行くからー」
相変わらず口数少ないクールな剣士くんに笑いかけている間に、ナミはおれの手元を横切る風だけを残して見張り台に上っていってしまった。
「どれよ?」
「あれだ、あっちの岩場の」
「え?どれ?わかんない」
「もっと右だ」
「……え?どこよ?」
「……おまえ、視力落ちたのか?」
「この望遠鏡のせいじゃない?」
「そりゃウソップに言ってくれ」
「………………」
…………ま、いっか、宴の時にゆっくり話そう。
あれやこれやと下りてきそうにないふたりを残し、おれは他のクルーに挨拶するためキッチンに向かった。