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□まあるい器
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その中でキラキラと揺れる液体は、



まるで笑い転げるこいつらみたいで…………










「まあるい器」













声をかけてから幾分もしないうちにキッチへ入ってきた彼女が釘付けになったのは


恭しく出迎えた王子様スマイルのおれ……ではなく、


カボチャの形の型に可愛らしく収まった本日のおやつ、パンプキンプリン……でもなく、



昼過ぎにおれによってキッチンの隅に置かれたなんのへんてつもない古びた箱だった。




「サンジくん……これ…………」


「あァ、これかい?食器棚整理してたら出てきたんだ。随分古いみてェだし処分しようと思って」


「………………」



いつからあったのかうっすらと埃さえかぶって棚の奥の奥に忘れられたようにしまわれていた、ネイビーの紙箱。

中を開けると片手には余るが両手には小さく、浅いようで意外と深い中途半端な器が3つ。

「こんなもん、誰がどこで買ってきたんだろうなー」と、

いかにも使い勝手の悪そうなそれを、広げた新聞紙の上に置いてがさごそと包みこむ。



「サンジくん…………」


「なんですかナミさん?あ、そうか、紅茶の準備が先ですね」


「それ捨てたら、あんたを海に捨てるから」


秋島のちょっぴり冷えた風が背筋を通り抜けたのかと思うくらい冷たい一言に、

「あら、物騒ね」と人のことを言えないロビンちゃんの声を聞きながら動かしていた手をピタリと止める。



「…………や、やだなぁ、捨てるなんて冗談ですよ。ドライなナミさんも素敵だなぁ……」


「………………」



ハハッ、と乾いた笑いを漏らし顔をひきつらせたおれの手元から

ナミさんはガバリと新聞紙を剥ぎ取ると、プラスチックでできたようなその器を手に取った。



「…………そんなに大事なものなのかい?まさかすげー値打ちのつく骨董品とか?」


「……とてもそうは見えないけど、誰か有名な偉人が使っていたものだとしたら別ね」



古い品に興味を示したロビンちゃんと、ナミさんの器に対する執着心を不思議に思ったおれで彼女の手元を覗きこむ。



「…………売ってもお金になんてならないわよ。だってこれ、手に入れた時点で1ベリーの価値もなかったもの」



そう言いながらも大事そうに両手で器を包み込むナミさんを見て、おれとロビンちゃんは顔を見合わせる。

金にもならないただの器を、ナミさんがそんなに愛しそうな目で見るだろうか。



「……じゃあ、捨てられねェ理由が他にあるのかい?」


ゆっくりとおれを見上げたナミさんは、見たこともないような綺麗な顔で微笑んで、口を開こうとした。



「サンジー!!おやつー!!」


「おいこらクソゴム!てめェ空気読め!!」


「いってェッ!!」



バタバタ、バタン!と落ち着きのない音を鳴らしておやつの匂いを嗅ぎ付けやってきたルフィの頭を蹴ると

ナミさんがおれの横を風みたいにすり抜けてルフィの前に歩み出た。




「ルフィ!」


「お?なんだ?」


「これ見て!」



頭を押さえながら顔を上げたルフィは

ナミさんの差し出した例の器を目に入れると、一瞬ハテナマークを浮かべた顔で

次の瞬間にはぱぁっと太陽が差すみたいな笑顔をつくる。




「お……おぉぉっ!懐かしいなーッ!!」


「でしょー!?」


「おー!これこれ、これがおれんだ!」


「あんたのは一番ボロボロよねー」


「当たり前だろ!何回使ったと思ってんだ!」


「私たちの3倍は使ってるわよ」


「違ェ!5倍だ!!」


「威張るな!!」



ルフィはナミさんの手から真ん中の器を迷わず手に取り瞳をキラキラさせている。

ナミさんもそんなルフィを見て残りの器を抱えたままニコニコと笑っている。



……なぁんだ、またこれか。



盛り上がるふたりを尻目におれはキッチンに入って手を洗い、紅茶の準備をする。



「な、これでよ、また宴しようぜー!」


「これで宴なんてしたことないわよ」


「いいんだよ、なんかこれ見たら腹減ってきたし!」


「ふふ、じゃあ綺麗に洗わないとだめね」


「…………ナミさん、紅茶冷めちまうよ?」



くるりとおれを振り返ったナミさんは、満面の笑みで言った。



「サンジくん、今日はこれに美味しいもの盛り付けてくれない?」



3つしかない器に、3人分の食事をつくる。

それがなぜかひどく躊躇われて口をつぐむと、ルフィはナミさんからもうひとつ器を取って外に飛び出した。


「ゾロにも見せてくる!」


何度も見てきたルフィのその後ろ姿が知らない誰かのようにも見えて目を逸らすと

おれがナミさんたちのために新しく買ったばかりのカボチャ型の器にオレンジ色のプリンが艶を張っていた。


「…………サンジくん?」


「…………あ、あァ、ナミさんのご所望なら今夜は宴にしましょう」



苦笑いを気づかれないように、宴の準備を始めるふりをしてナミさんに背中を向けた。
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