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□まあるい器
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「どっかで見たことあると思ったら……えれェ昔におめェらが使ってた食器じゃねェか。んなもんまだとってあったのかー」



そう呟くウソップの手には、3人とは違ういつもの見慣れた皿が握られている。

何を盛るか悩みに悩んだ挙げ句、カットトマトのハニーレモン漬けを入れたその器は、

どうやらウソップが仲間になったころはまだ使われていたようだった。



「ルフィたちだけずりー!おれも同じもの欲しいぞ」


ピカピカに磨きあげられた真っ白な皿よりも、所々欠けて汚れがついている皿をチョッパーは欲しいと言う。



「残念だけど無理ね」

「どうしてだ!?」

「これはずっと前の島の均一市で、捨てるだけだったものを譲ってもらったのよ。元から型も古かったし、グランドラインに同じものがあるとは思えないわ」

「そうなのかぁ……」

「おまえには専用の新しい皿があんだろうが、トナカイ」


残念がるチョッパーの傍から酒を取ってウソップの隣に座る。


だいたい今3人以外が手にしている食器は安全で使い勝手が良いものを全ておれが選び、毎日手入れしている。

そんなどこのものともわからない古い品なんかより断然いいに決まってる。



けど、何の特徴もない綺麗なだけの手元の皿を見ていると…………



なんとなく、チョッパーの気持ちがわかっちまう。



……ってガキか、おれは。



「…………食えるもん盛れば、器っぽくなるもんだな」


「ちょっとゾロ!あんたそれ、私が作ってあげてた食事が不味かったって意味!?」


「不味くはねェが、二度と作ってくれるな」


「言われなくても文無しにはつくってあげないわよ!」


感慨深げにトマトを頬張ったマリモにすかさずナミさんが突っ込む。

それに対してルフィが「ナミの飯は美味ェけど、高ェんだ」とチョッパーに教える。

それだけでもう、この場の雰囲気は3人のものになる。



「にしてもスーパー不格好な皿だなァ、もっとマシなもんは無かったのかァ?」


そう、その古くてちゃっちくて器なのかガーデニング用品なのかわからない何色とも表現できないワイルドな品で仲間が飯を食ってたら、誰しもが思うような疑問を

何気なく呟いたであろうフランキーに、3人の目の色が変わった。




「なによ、悪かったわね、私の見立てで」

「不格好じゃねェぞ!ちゃんと丸いだろうが!」

「使えりゃなんでもいいんだよ」


「へいへいそうかよ」とさほど気にしていない様子の、一斉に食ってかかられたフランキーよりもおれの方がムッとした表情をしているかもしれない。


「しかしどうしてまたそのように中途半端な大きさなのかは確かに気になりますねぇ……ご飯茶碗にしては大きい、かと言って丼にするには小さくありませんか?」


もうこの話はいいだろう、そういう思いでブルックを見ると一瞬目が合ったような気がしたが実際はよくわからなかった。


「あの頃は誰かさんの計画性のない航海のせいで本当にお金がなかったのよ。器もこれひとつだけ。だから、ご飯でもおかずでも入れられるようにわざとこの大きさにしたのよ」


「そうなんですか、苦楽を共にした器ということですね。私感動して目尻に涙が!目尻ないんですけど!」



何が面白ェんだよ。


そう吐き捨てるように心の中で呟いて

胸ポケットから煙草を一本取り出し口にくわえ、箱を芝生の上に乱暴に放った。


3人を囲むようにしてクルーたちが談笑するのを訝しく見渡す。


結成当初という時期を共に過ごしてこなかったグランドライン組は知る由もないのだろう、

3人だけが持つ、おれたちとはまみえることのない絆も、

その絆にどうしようもなく幼稚で複雑で、バカらしいわだかまりをかかえるおれの気持ちもーー。







始めはナミさんに対する独占欲だと思っていた。


ナミさんの、あいつらに向ける視線とおれに向ける視線が微妙に違うってことに気がついちまったから。

そりゃあ、あんなふざけた奴らがレディに特別な目を向けられてたら面白くねェだろう?

だからおれも、その視線を彼女に向けてもらえるようにあれこれ努力した。


だがある日、ふと気がついたーー


たとえナミさんがおれのことを男として、人として好きになってくれたとしてもだ、

あの2人に向けるような彼女の瞳は絶対に手に入れられない。

あの、慈しむような、心から愛おしむような穏やかで爛々とした瞳。

あの瞳は、「好きな男」や「好きな人」に向けるものではなく、


「愛するもの」に向けるものだからだ。


もちろんおれらが3人から愛されていないかと言えば、愛されているのだろう。

だがそれは所詮固い絆で結ばれた仲間としてであって、それ以上ではない。

おれは、仲間という固い絆の上から、さらにぎゅっと結ばれた3人だけの糸に気がついちまった。


それは恋愛や友情なんて言葉じゃ表しきれない、信頼とか愛着とか安らぎとか……いろんなもんで結ばれた

特別で、別格で、あの3人しか持っていないものだった。

おれだって船の中ではまぁまぁ古株だし、信用もある。

だが何しろ、あの3人が揃わなければ何も始まらないという無意識の意識がクルーたちの中にもあって

ルフィだけじゃない、ルフィの傍にマリモとナミさんがいる状況が、

一番おれらを安心させるものであって、しっくりさせるものであって、麦わら海賊団にしてくれるものでもある。


互いの名を呼ぶ声や、向ける笑顔や、触れる仕草や、何もかもが3人だけの輪の中で、特別な空気感。

その中には誰も、仲間のおれらでさえも決して入ることはできねェんだよ。


……別に、無理して入りてェとか、その仲を壊してェとか思ってるわけじゃねェ。そんなことする必要はないんだし、そもそもできるとも思わねェ。

むしろ仲が良くていいことじゃねェか、中心人物が信頼しあっておれたちを引っ張って……



だけど……なァ、

わざわざ立ち入り禁止の線を張らなくてもいいと思わねェか?


おれたち部外者じゃねェんだし。


とは言っても人間集団生活していると自分以外の人間に対して得意不得意ってのは自ずとできちまうもんだし、

いくら仲間でも好きに差や種類があって当然だ。

もちろんおれだって、危険が迫れば他の誰がどうなろうが一も二もなくレディたちを守るし?

3人には、3人にしかわからない通じ合うもんがあるんだよ。あの器だってたかだかその一部ってだけだ。なんせこの海賊団をここまででかくした初期メンバーだからな。


わかってる。わかってるさ。


おれはこの船で十分必要とされてる。居場所もあるし、マリモ以外のクルーとだって上手くやってるし、マリモと馬が合わないことだってさして問題じゃねェ。

こんなことでイライラしてるおれは果てしなくアホだとも思うし、そのイライラを消化できねェでひたすら悶々としてるおれはガキを通り越して感情で生きてる赤ん坊と同じだ。

クソくだらねェ。いい加減やめねェか、考えるだけ無駄じゃねェか。


そう自分で自分を諌める間にも3人の和音のような笑い声が耳につく。


そのたびに、心の中でボッと音を立てるものはなんなのだろう。

心臓をかきむしって息を震えさせるものはなんなのだろう…………。


好きにさせときゃいい。結局は全員仲間なんだ…………


だけど、だけどさ、




「今日の飯は美味ェな!」

「てめェはいつでも美味ェんだろうが」

「そうだけどよ、今日は一段と美味ェ!」

「なんか不思議よねー、このお皿で食べてると小舟で漂流してたあの頃を思い出すわー」

「おう!そうだな!あれはあれで楽しかったぞ!」

「楽しくないわよ!!」

「そうかー?」

「あっ!こらルフィ!おれの皿から盗るんじゃねェ!!」

「盗られる方が悪ィんだぞ?ゾロも学習しねェやつだなー、アハハッ!」

「てめェたたっ斬る!!」




だけど、


胸にこびりついて離れない


この気持ちの悪い塊はいったいなんだ?
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