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□空よりも深い青
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君はいつも、空に何かを探してる。
「空よりも深い青」
side-Sanji
「ナミさん紅茶のおかわりは?」
「…………いらない」
はぁ、という今日何度目になるかもわからない悩ましげなため息を聞き、おれは困ったように眉を下げた。
それもそのはず頬杖をつきつまらなそうに唇を尖らせる彼女の機嫌の直し方がわからず、実際困っているのだ。
いつもならば美味しいお茶やお菓子で多少は心を休めてくれるものの、今回ばかりはどうも、勝手が違う。
「じ……じゃあクッキーのおかわりは?」
「…………いらないってば」
あっち行ってよ。とでも言わんばかりの不貞腐れようにおれの意識は一瞬遠退く。
しかしナミさんの悩みはおれの悩み、ナミさんの心の痛みはおれの痛み。
一度萎えそうになった心を奮い立たせ、ナミさんよりも目線が下になるようにしゃがんで簡易テーブルに肘をつき覗き込む。
「どうしちゃったのさナミさん、ここ最近ため息ばかりじゃねェか。おれにできることがあったら言ってくれよ」
「……………………」
ね?と優しく見上げると、哀しげな彼女の瞳がようやくおれを捉えた。
「もしかして……あの野郎のことかい?」
「……………………」
しばらく前からナミさんと付き合っている、エースの船の隊長だという男。
おれたちよりいくつも歳上で、そこで寝ているマリモに負けず劣らすの仏頂面。
彼女が幸せならおれは、相手がオヤジだろうがパイナップルだろうが敵船員だろうが、いいと思ってる。
だけど、なァ……おれのナミさんをそそのかしているだけのただのクソ野郎なら、話は違う。
「そういや最近姿見せねェなァ……あのパイナップル野郎」
「パイナップルって……あんたね……」
はぁ、と指折り数えても指が足りなくなりそうなため息の後、ぼんやり遠い目をした様子から、
ナミさんの元気の無さはおそらくあいつがこの船にやってこないことに起因しているのだろう。
物思いにふけるナミさんも素敵だが、そうさせているのがあの死んだ魚みてェな目のオヤジだと思うと腹立たしい。
おれはナミさんの長い髪に手を伸ばし、くるくると弄びながら優しく囁く。
「おれが次の島でデートに連れてってあげるからさ、元気出してよ」
「……いらない。あんたが行きたいだけじゃない」
「じゃあ肩もみしてあげる」
「それもあんたがしたいだけでしょ」
「今日の晩飯はナミさんスペシャルにするよ」
「いつもそうじゃない。ていうか食欲ない」
「じゃあおれがあの野郎の代わりにナミさんの彼氏になるってのは?」
「それができたら悩んでないわ」
「うわ!冷たッ!でも、そんなナミさんも、好きだーー!!」
「うるさいッ!!」
つむじにじんじんと彼女の愛のムチを感じながらもおれはめげずに顔を上げる。
どんな些細なことでもいいから、おれはナミさんの力になりてェ。
「……じゃあさ、ナミさんのお願いごと、なんでもひとつ聞いてあげるよ」
おれの最後の切り札的無謀な必殺技「なんでも言うことききます」という愛の奴隷発言に
ナミさんの耳がピクリと動いた。
「…………なんでも?」
「あァ、なんでも」
おれの金や労働でナミさんの気が少しでも晴れるなら安いもんだ。
男サンジ、惚れた女のためならどんな無理難題も苦には思わぬ!
火鼠の皮裳だろうが燕の子安貝だろうが、地の果てまでも探し求めて君の前に奉るだけさ!
「じゃあ…………」
「うん、なになに?」
言ってごらん?とにこにこしながらナミさんの言葉を待つ。
そんな忠犬同然のおれを真っ直ぐ見据えたナミさんは、ゆっくりと口を動かした。
「マルコ、呼んできて」
「マル………………」
今度こそ、おれの意識は身体から切り離され宙を浮遊した。
そ…………
そうきたか……!!
「ここに、今すぐ呼んできて」
尚も衝撃的な言葉を躊躇なくグサリ、グサリとおれに突き刺してくるナミさんを制止するべく
おれは無理矢理自分の意識を呼び戻す。
「…………そ、そりゃあ酷なお願いだなァ…………そんなにあいつじゃなきゃだめなのかい?」
おれじゃあ気休めにもならねェのかい?
ひきつった笑顔を向けたおれの心を、ナミさんのクールな目がえぐっていく。
「当然よ。言っとくけど、マルコがいない間に私につけ入ろうって魂胆なら無駄だから。そんな不毛なことは考えないことね」
「うっ……相変わらず鋭利な刃物みてェな辛辣さ」
「なんでもお願い叶えてくれるんでしょ?何も不可能なこと言ってるわけじゃないわよね?ちょーっと無理すれば、できるわよ、サンジくんなら」
最後の「サンジくんなら」という響きに刺殺寸前だったおれの尊厳がシャキッと立ち直る。
いやしかし、ここで引き受けちまったらナミさんに惚れてる一男児としてのプライドが…!
好きな女とその女が惚れてる男を引き合わせて喜ぶほど、おれはMじゃねェ!!
「ナミさん…………」
悪いが君を好きなひとりの男として、そのお願いは聞いてやれねェ。
そう言うために、おれは意を決して立ち上がった。しかし、
「1ヶ月…………」
「え…………?」
ナミさんが空に視線をやりながら、ポツリと呟いた。
「ううん、2ヶ月になるかしら…………マルコが最後にこの船にきてから……」
「……あァ、そのくらいかな 」
記憶を辿ってみると確かにそれくらい前の話だ。あのときは確か、ルフィの兄貴とひょっこり船に現れて……
「……マルコはサンジくんの10倍は強いってわかってるんだけど……心配なの。一目でいいから、顔が……見たいのよ…………」
「ナミさん………おれもう半殺しじゃ済まねェ……」
瀕死状態になりながらも、弱々しく絞り出される彼女の声に胸が苦しくなる。
風に髪を靡かせながらゆっくりとおれを見上げたナミさんの瞳が、滴のせいでキラキラと揺らめいた。
「あいたい…………呼んできて、サンジくん……」
だァァァーーーッ!!もうッッ!!!
「了解しましたァァァーー!!待っててねナミすわん!今すぐ連れてくるから!待ってろよパイナップル!今すぐ引きずってきてやる!!」
断れるか!?無理だろ!無理無理!
最後の「サンジくん……」って儚げな声!
なんだその破壊力は!!
好きな女のお願いひとつ叶えてやれねェようじゃ騎士の名が廃るってもんだろ!
おぉぉぉし!待ってろよクソパイナップル!!!
「ふんっ、果てしなくアホだな」
あァァん!!?
その声に振り向くと腕あぐらに頭を乗せたマリモが呆れた目でおれを見ていた。
「ちょっとゾロ!せっかくサンジくんがその気になってるんだから邪魔しないで!」
「そんなに会いたきゃてめェで行きゃいいだろうが!」
「私が船離れたら万が一のとき誰が指示出すのよ!?じゃあ聞くけどあんた、航海術できるわけ!?えぇ!?」
「できねェな。だったら会いに行かなきゃいい」
「どっちなのよもーうッ!!」
マリモはナミさんに睨まれそっぽを向いた。
ったくこれだから器の小せェ男は……
「あ……?」
「今度はなによーッ!?」
「鳥………?……いや、あいつまさか……」
マリモにつられて空を見上げたおれとナミさんが、そのブルーに溶け込みそうな大きな翼を捉えたのと
見張り台にいたルフィが自らの兄の名を高らかに呼んだのとはほぼ同時だった。