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□空よりも深い青
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side-Zoro




船縁から芝生甲板にすとんと降り立った長身のふたりに

船内は僅かにざわめいた。




「エース!!」


「ようルフィ!おまえ相変わらずだなー!」


「エース!エースッ!ひっさしぶりだなァ!」


「そうだったか?……おっ、と挨拶が遅れたな。いつもうちの弟が世話になって……」


「「「いやまったく」」」


「突然悪いねい。邪魔するよい」


「マルコっ!!」


エースに絡み付くルフィと同じように瞳をキラキラとさせたナミもまた、エースの隣の男に飛び付く。


「ぅお…っ?!………ナミか。危ねェだろい」


「だァァッ!ナミさんやっぱりだめだ!!その歳の差はこっから見るともはや犯罪だ!!」


あっけなくナミに置き去りにされたコックが騒いでいるのを見て、側板に寄りかかったままため息を吐く。

たった今までその犯罪及カップルを引き逢わせようとしてたのはどこのどいつだ。


こうなることはわかってただろ。



「オイオイ犯罪なんてどの口が言ってやがんだァ?おれら海賊だぜ?」

「うるせェフランキー!道徳的な問題なんだよ!!」

「道徳とか説ける立場かよ……」


全面的にフランキーに賛成だがコックが噛みつきたくなるのも重々解る。

なんたってナミはその男の腹に、テコでも動かねェってほどぎゅっとしがみついて離れない。



「…………ナミ、わかったから、離れろよい。動けねェだろい」


「イ、ヤ!」


「……………………」



ルフィだって既に兄貴から離れているというのに

まるで聞き分けのない子供みてェにかぶりを振ってぎゅうぎゅうと顔さえ擦り寄せているナミ。


実質的な船の取りまとめ役がこんなふうに子供になるのは、この男の前だけだ。


「離れろよい」と諭されて「イヤイヤ」とすがり付く、こいつのこんな姿、見たことねェ……


……と一瞬思いかけたが、前回この男が現れたときにも全く同じ光景を見たような気がして、

おれは居心地悪く遠い空の彼方を仰ぎ見た。



「おーいナミー?おれには熱い包容してくれねェのかー?」

「久しぶりねエース!」

「いやマルコの腹に向かって言われても……」


何が気に入らねェかって苦笑いするエースの隣で、抱きつかれている男の方はとんでもなく渋い顔をしていること。

自分の女にこんなふうにすがり付かれて、甘えられても、この男はいつもこんな調子だ。



「…………ほらナミ、エースにも顔見せてやれよい。おめェと逢いたがってたんだぞい。な、エース」


「そうだぞナミ!おれにも熱い包容してくれるって約束しただろ?」


「うおいッ!てめェ何便乗してやがる!ナミさんにそんな約束させた覚えはねェ!!」


「サンジ、おまえはナミの保護者か」


「おれはこの悪い虫共からナミさんをお守りする騎士だ!!」


男の手によって半ば強引に引き剥がされたナミは、

エースに顔を覗き込まれてようやくその身体から離れた。

男はエースがナミの気をひいているのをチラリと見やり、

すぐさまその場を離れて反対側の縁に寄りかかるおれの近くまでのそのそと歩いてくる。




「なァ……おいあんた、」


歓迎ムードなんて微塵も表さず呼び掛けると、男はポケットに手を突っ込んだままこちらを見た。



「…………なんだよい」


「ナミは、ずっとあんたに逢いたがってた」


探るような目付きでおれを見下ろした後、浅くもたれ掛かるおれの正面にしゃがんで同じ目線になった男は素っ気なく言った。



「…………それがどうした」



ひどく冷めたような言葉におれの眉間には皺が寄る。

男の後ろにはエースと話しながらもチラチラとこちらを伺うナミの姿。



計り知れない不安や寂しさを


ずっとひとりで抱えてたんだぞ、


あいつは。



「…………随分と冷てェんだな……それでもあんた、あいつの男か?」


「…………そういう性分なんだよい。そんなに咎めてくれるな」



顔色ひとつ変えず無機質な声色でそう言った男を今すぐ殴り飛ばしたくもなったが、

おれはただ睨み上げながら鼻で笑った。



「まァいい……あいつを慰めてやれる男なら、この船に何人もいるからな」


「……………………」


ぴくり、と一瞬男の眉が動いた気がしたが、構わず続ける。



「言っとくが、この船の野郎共は、船長を筆頭に本能には忠実だ。……もちろん、おれも含めてな……」



薄ら笑ってそう言うと男の目には徐々に影が灯り始め、

数秒の沈黙の後おれの顔の横に手をついた男は柵をぐっと握りしめて、

それでも変わらぬ飄々とした声で言った。



「…………好きにしたらいいよい」



その余裕の態度におれの心はますます赤黒く燃え上がった。





「何話してんの?」


「…………別に、なんでもねェよい」


「……………………」



後ろから覗き込んできたナミに気のない返答をした男はスタスタとその場を去って行き、

ナミはおれの顔を訝しげに眺め、すぐに男を追った。






「…………おいマリモ」


「…………あ?」


ナミが男に絡み付くという構図を見ていた目を、いつの間にかおれの隣で立ったまま煙草をふかしていたコックに向ける。


「無闇に喧嘩ふっかけてんじゃねェ。相手は四皇の幹部だぞ」


「なんだてめェ、ビビってんのか?」


「アホか、できた火種はその都度消しとかねェといつか大火事になる。うちとあいつらでやり合うのはどう考えても得策じゃねェだろうが」



向こうでじゃれ合う兄弟を顎で指し示した、パイナップルより10倍弱いらしいコックは


「くっつくな」「イヤ」を繰り返している妙なカップルを横目に大袈裟なため息をついた。




「傾国の美女とはこのことだな、てめェもそう思わねェか?」


「そういう柄か?ありゃ父親に構ってほしくてまとわりつくただのガキだろ」


「んな微笑ましい光景ならどれだけいいか……“そう見えるカップル”だから恐ろしいんじゃねェか!……クソォっ!」



同感だ。


そう心の中で呟いて、おれはまた意味もなく空を仰いだ。
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