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□虎の尾を踏む臆病狼
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危険だなんて、言っていられない。












「虎の尾を踏む臆病狼」










side-Shachi







「………………今、なんつった……?」





いつものように梯子の足掛けを椅子にして座るナミを見上げ、

おれは自分の顔から表情を消した。


そういえばこの梯子、おれには必要ないのだけれど、

二段ベッドの上に上ってこられないと言うナミのためにわざわざ設置したんだっけ。


数えるほどしか一緒に寝てないし、

結局手も出せなかったけど。






「だから、別れましょ?私たち」



「………………」




あえて心を落ち着かせるよう冷静に思考してみると、どうでもいいことばかりが頭に浮かぶ。


目の高さにあるこいつの足はやっぱりキレーだよなーとか、

今日こそそういう雰囲気に持ち込もうと思ってたのに、おれってとことんついてねェよなーとか、

サングラスと帽子のせいで今おれがどんな顔してるかなんて、こいつは知る由もねェんだろうなー……


とか。




「……な、なんで急に……何に怒ってんだよ、……冗談だよなァ……?」


「…………冗談じゃないわ」



困ったように眉を下げて首を横に振るナミは

怒りの感情なんて滲ませていなくて、

一時の勢いや軽はずみな言動ではないことなんて明らかだった。



「…っ、じゃあ何だよ!?なんでいきなりそんなこと言い出すんだよッ、ナミ!!」


ナミが本気だとわかった途端、かろうじて保っていた冷静さを手放し

おれは椅子から立ち上がってナミを包囲するように梯子の両脇に両手をかけた。



「……なんでって…………なんとなく、よ……」



目も合わせないで理由にもならないことを呟く様は

まさに気まぐれで奔放なこいつの性格そのものだが、あまりに、質が悪い。



「……ふざけんなァッ!!そんなんで納得できるわけねェだろッ!!」


「……っ、やッ!危ない、シャチ……」


ガタンッと木のぶつかる音を立ててミシリと揺れた梯子に掴まりながら

初めて見せる、おれの強気な態度にナミは僅かに目を見開く。


初めて…というのも情けない話だが、

猛アタックの末手に入れたこいつに嫌われないよう

どんなわがままも無茶も受け入れていたおれにだって

こういう暴挙は許せない。




「……何なんだよ突然……何が、気に食わねェんだ……」


「何も……シャチは、悪くないわ……」



手の中に収まる太さの板をギリリと握りしめる。

理由もないのに突き放されることがどれほど辛いか……


おれは俯いた先に目に入ったナミの白い膝を険しい顔で睨み、

自分でも驚くほどの地を這うような低い声を向けた。





「………………男だろ………」


「………………」


「おれ以外に、好きな男でもできたんだろ。な、そうなんだろ…?」


「………………」



肯定を示す無言に苛立って細い腕をガシリと掴み、

人形のように綺麗で冷たいナミの無表情を睨む。




「誰だ…………」


「………………」


「どこのどいつだって聞いてんだよッ!!」


「…………それを知ってどうするつもりよ」



おれとは正反対の抑揚のない声で呟くそいつの身体を乱暴に引き寄せると

今にも梯子から落ちそうになっておれの肩にしがみつく。





「殺す…………」


「………………」


「その男を殺す。おれの手で……」


「……シャチ…」



間近で歪んだ顔にますます怒りを覚えて掴んだ腕に力を入れる。

誰を……想ってる……

おまえの心を揺るがす不届き者なんて、おれが存在ごと消してやる……




「なァ、誰だ……ナミんとこのクルーか?麦わら?剣士?それとも金髪のあいつか?」


「…………いいえ」


「まさか…………」



几帳面に整えられた二段ベッドの下をナミ越し視界に入れる。

今、ベポたちを引き連れて街に買い出しに行っている、

気をきかせてナミとふたりきりにしてくれた、あいつ……




「ペンギン……か?」


「………………」



長い睫毛を震わせながら細められた瞳に舌打ちして、懐にある銃を取り出す。

奴を探すために足の向きを変えたおれのツナギを掴んで、ナミは不安の色を滲ませた。



「……ま、待ちなさいよ!あんた、なに考えてんの!?」


「殺すって言ったろッ!ペンギンのやつ、許さねェッ!ナミに……おれの女に色目使いやがってよ!!」


「ち、ちがうっ!ペンギンじゃないわよ……!」



その言葉を聞いたおれは銃を持ったままナミに向き直り、再びその身体を不安定な梯子に縫い付けた。




「じゃあ誰だよッ!!?」



綺麗な顔の横に物騒な鉄の塊が並ぶという、なんとも形容し難い妖艶な光景にも怒りと嫉妬が昂って

ナミの喉がゆっくり動くのを荒い呼吸のまま待った。










「…………ロー……」



「………………は、」




「ローが、好きなの………」
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