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□虎の尾を踏む臆病狼
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「せん……ちょう…………」



「えぇ、あんたんとこの、キャプテンよ……」



「……………………」




怒り狂っていたさっきまでの勢いが一瞬で萎え、

熱くなっていた身体も頭もスッと冷めて、

光を遮る遮光レンズも意味をなさずに目の前が真っ白になった。



「……あきらめたでしょ?無理よね、ローを殺すなんて、あんたには……」


「………………」


動きを止めているはずのおれの手の中でカタカタと音を鳴らした銃が

ベッドの柵にぶつかりながら床に落ちる。

焦点の合わない瞳を懸命に働かせると、

正面に居るそいつはやっぱりとんでもなくイイ女で

おれには不釣り合いの遠い存在のように思われた。




「……私はね、ローに近づくためにあんたを利用してたのよ、シャチ……」


「………………」


「けど、……」




わかってただろ、こういう女だ、こいつは……。

いつ訪れるかわからない裏切りも気まぐれも心変わりも、

覚悟の上で自分の手の中に留め置いた。

いつかおれのことを本当に好きになってくれればいい。

誰かに手をつけられる前に、とにかく、とにかくおれのものに……

根負けでも妥協でも、暇潰しだってなんだって、

一度手枷をかければ嫌でもおれに対して情がわく。

そうなれば、簡単には逃げられないはずだと、どこかでそう思っていた……




それなのに


ナミは物の見事にあっさりと


おれを捨てた。





「けど………思ったよりも、楽しかったわ……」




そう言っていつものように最高に愛らしく微笑んでおれの唇にキスをしたナミは

唖然とするおれの腕を糸も簡単にすり抜けて部屋を出ていった。






「…………………」




目の前の木の板に項垂れると

温もりを僅かに残しただけの淋しい梯子に息が乱れる。


こんな、


こんなもの……



「……くそッ!!」



かぶっていた帽子を思い切り床に叩きつけ、力任せに梯子を倒す。


こんなもの、なんの意味も、為さないのに……















「……………おれは、帰ってくる部屋を間違えたのか?」


「……………おまえの部屋だよ、ペンギン」


「こんなに散らかった部屋は知らん」そうため息をついたペンギンは

扉付近に散乱していた物を足で追いやり買い出しで調達した荷物を置いた。



「なァ……ペンギン……」


「出かける前の状態に戻しておくんだぞ。じゃ、」


おれはこれで。


ドライにそう言って、見るからに傷心の仲間を見捨てて行こうとする薄情者に後ろから飛び付いた。



「冷てェぞペンギンっ!!」


「うるさい放せ!」


「そんな無愛想な面してねェで、どうしたんだシャチ、とか言ってみろぉぉっ!」


「おれがおまえに言えることは、“おれを面倒に巻き込むな”それだけだ!」


容赦なく引き剥がしにかかる相棒に、スッポンのようにしがみつくおれ。


「いいからおれの話を聞けッ!聞いてくれよぉッ!」


「泣くな!鬱陶しい!そして放せ!」


「ヤダ!今おれをひとりにしたらあの銃で頭ぶち抜いて死んでやる!!」


「勝手にしろ!だが死体を運び出すのは骨が折れる…できれば投身自殺にしてくれないか」


「おまえの心は氷かッ!!」
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