過去拍手御礼novels
□狂愛の色は
1ページ/1ページ
「俺の女に手ェ出すとは、命知らずな輩がいたもんだなァ……」
なぁシャチ、という声を背中に浴び、私の髪に触れていたその手がぴくりと跳ねる。
一瞬で顔面蒼白になったシャチは恐る恐る振り返ってそこにいるのが自分の船の主であることを認めると
言い訳、謝罪、説明云々の言葉を矢継ぎ早に捲し立てた。
「すみませんっ!!……あ…、い、いや、ちちち、ちがうんです船長!こっ、これはですね!そこでたまたま、たまたま会ったんです!んで、髪に虫がとまってて、そ、それで、取ってくれって…そうだろナミ?!」
助けを求めるように振り向いたシャチが、たまたまの部分を強調したのがなんだか気にくわなくて、とぼけて見せる。
「そうだったかしら?」
「…………」
ギロリ、と睨まれ小さく悲鳴をあげたシャチはきょろきょろと視線を泳がせ顎を指でかきながらとってつけたような笑顔を浮かべる。
「…あ、そうだそうだ!い、いまちょうど船長のとこにおくりとどけようと!…ホ、ホントです!やましい気持ちなんてこれっぽっちもないっす!!…い、いやぁ〜、ちょうどよかったっすね!それじゃ、邪魔者は退散しますっ!!ごっ、ごゆっくり〜!!」
ぴゅ〜ん!という効果音がつきそうなくらいの逃げ足で駆け抜けていくシャチを一瞥した後、
寄っていた眉を元に戻して妖艶な笑みを浮かべた人物がこちらに近づいてくる。
「久しぶりに会えたと思ったら、俺を差し置いてシャチなんかと戯れやがって………浮気者が」
冷たい手で私の頬に触れる1ヶ月ぶりの恋人は、相変わらず“俺”の後に“様”をつけた方がしっくりくるくらいの傲慢さ。
「あんたの独占欲には呆れるわ。シャチにまで嫉妬するなんて」
「シャチにまで?違うな……」
頬を撫でていた手が私の頭に渡って陽射しのせいで熱くなった髪の毛をさらさらと弄ぶ。
「俺は、おまえのこのきれいな髪に触れた、ちっぽけな虫にさえ嫉妬する」
「…………」
そう言って鋤いた髪に口付けを落とす男。
………調子の良いことばかり言って。
私が傍にいなければ自分は平気で女と遊んでいるくせに
束縛するくせに、自由を決め込む。
嫉妬させるなと言うくせに、人には嫉妬をさせる。
傍にいろと言うくせに、呆気なく離れていく……
欲張りでわがままで奔放で自分勝手。
だけど---……
「……言い付け通り、浮気はしてねェみてェだな」
船長室のベッドの上でうつ伏せのまま床に散らばった服に手を伸ばしていると、淡々とローは言った。
「……そんなこと、わからないじゃない?」
ぴたりと手を止めて隣で仰向けに寝転ぶローを睨んでみても
ちっぽけな私の駆けは、引かれることなく押し返される。
「わかる。さすがに1ヶ月もしねェと締まってくる」
それが嘘か本当か牽制なのかはわからないけれど、どちらにしろお見通しということだろう。
「じゃあ私が誰かと寝たらすぐにバレるわね」
「……俺以外の男に抱かれる予定でもあるってのか?」
目に殺気が宿るどころか全身から殺気が放たれている。
「さぁどうかしらねぇ〜」
音符でも付くくらい軽やかに言い放ってまた服に手を伸ばすと
反対側の腕をぐいっと引かれてうつ伏せのまま組み敷かれる。
「てめェ……俺がそれを許すとでも思ってんのか?」
ドスの効いた低い唸り声に背中がゾクリ。
「……よく言うわ。女遊びの絶えない男が」
横目で睨み上げると予想通り、口の端を嫌味に吊るす表情まで目に入った。
「……嫉妬してんのか。かわいいやつ」
「嫉妬じゃないわ。否定すらしないところに呆れてんのよ」
くくっと喉が鳴る音が本気で勘に触る。
「なァ知ってるか?」
両手首を押さえつけたまま世間話でもするかのように軽く問われて話を逸らされたことにまたムッとなる。
「知らない」
「恋人に浮気をされた場合、女は男の浮気相手、つまり関係を持った女に憎しみを向ける」
拗ねた私を軽くスルーして手首を掴んでいた手をほといて頭の横につく。
「ところが男が憎しみを向ける先は、浮気した自分の恋人だそうだ」
あぁまぁなんとなくわかる。浮気した男にもムカツクけど、相手の女がとんなのか気になったりする。
「だから何?」
「おまえは俺にもイラつくだろうが憎むのは相手の女だろうな」
「…あんたは?」
「どっちだと思う?」
髪をくるくる指に絡めながら楽しそうに聞いてくるロー。
血も涙もないこの男が浮気相手の男を許すはずがない。だからと言って浮気した私に憎しみが向かないわけもない。
「……どっちも」
「正解だ。だが制裁を下すのには順番がある」
裸の背中に立てた一本の指をすーっと背骨に這わせるのがくすぐったい。
「最初は男だ。なぶって痛めつけ、虫の息になったところで海に沈める。愚か者の行く先は地獄だ」
「……私は?」
手先がひんやりしてきた感覚に身悶えると
かきあげた髪の間の耳に唇を寄せるロー。
「そうだなァ…バラしてホルマリン漬けにでもして傍に置いてやるよ。二度とどこにも行けねェように…」
「………」
ホルマリン漬けになった私を抱いて不気味に微笑むローを想像して身の毛がよだつ。
「…あんたが言うと冗談に聞こえないから怖いわ」
「そうか、そりゃあ好都合だな」
「……?」
首を捻ってローを見ると、いたって真剣なその瞳が私を捉えた。
「本気だ」
「………」
「おまえの行く先は天国でも地獄でもねェ…」
陰った瞳が優しく笑う。
欲張りでわがままで奔放で自分勝手
だけど--……
「俺の腕の中だ」
歪んでしまうくらいの真っ直ぐな愛が降り注ぎ、私のこの心は糸も簡単に満たされる。
その狂愛の色は、純白。
「で?俺以外の男と寝る予定があんのか?」
「……ありません」
「当然だな」
(シャチのあわてっぷりにも納得だわ)
END