過去拍手御礼novels

□犬は犬でも
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「お手」


「……」


「おかわり」


「……」


「伏せ」


「……」


「三回回ってワ…」


「するかァっ!!おれは犬じゃねェ!!」


「…………」







燦々と照りつける頭上の太陽を遮って丁度良い日除けとなっている女は

ゆるいウェーブのかかった長い髪を耳にかけ、仰向けで寝転がるおれをじとりとした視線で覗き込んだかと思うと

「ロー、この犬しつけがなってないわー」

とふざけたことを言い出した。しかも船長に!





「あァ、祖業が悪い上に鳴き声がうるせェ。おまけに主人の役には立たねェし、手がつけられなくて困ってる。…欲しけりゃくれてやるよ」


「船長ォォォっ!!」


「キャンキャン吠えるな耳障りだ」


「………」



ひでェっ!あんまりだ!

その刺繍まみれの指の動きに怯えながら毎日日にち粉骨砕身尽くしているおれに対して犬って…、しかもダメ犬扱い!!




「もらってあげてもいいけど…噛みつかないかしら?」


「噛みつくかっ!!船長もおれを捨てないでください!!」


「あァ、確か船内に積み荷の段ボールがあるから使っていい」


「船長!!」


「心配しなくてもナミに噛みつく度胸はない。それに番犬くらいにはなるだろう」


「ペンギンっ!!」


「名前はシャチにしてあげてね?シャチなのに、ポチとかつけたらややこし…」


「ベポっ!!」


「スミマセン……」



しょんぼりしているベポに寄りかかって配達されたばかりの新聞をペラリとめくる船長を、顔だけ持ち上げて見てみる。


うん、今日も男前。

……じゃなくて!




くれてやるなんていうのは本気だろうか。いやまさかな…もし本気ならかなりショックだ。


愛刀を抱き込むように肩にかけ直した彼を苦々しい顔で見つめていたら

甲板の隅で武器磨きをしていたペンギンに「船長は仔犬にだって情はかけないぞ」と呟かれた。

ダメ犬以前に仔犬か!このやろう!

……騒ぐと本当に船長に捨てられそうなので心の中だけで吠えた。




「ねぇシャチ」



そもそも誰がおれのことを犬に似てるとか言い出したかってそりゃあ、

甲板で寝転ぶおれを膝立ちで上から覗き込む敵船の女海賊。



「……なんだよ」


ふてくされて見上げると元からデカイ目は逆光でますますくりくりとして見える。


逆光っていいよな。てかそんなにかがんだら谷間見える。



あー……うん、可愛い。





「首輪は何色がいい?」




…憎たらしいくらいに。




「つけるかっ!!!」


「うるせェ!バラされてェのかてめェは!」


「……すみません」




船長!目がマジだって!あァおれ本気で殺される!





「…なぁなぁナミー」



「なによ?」



これ以上船長を刺激しないように小さな声で問いかける。



「どこが犬なんだ?」


おれの、どこが犬だってんだ。


ナミは少し考える素振りを見せてニマリと笑った。



「落ち着きのない走り方でしょ、戦闘のときの威嚇体勢でしょ、いつも主人の後にくっついてるところでしょ、」


「………」



そういうふうに言われるとなんか…いかにも犬だな。

なんかほら、あれだ、

桃太郎に仕える犬?


…ってそりゃ船長怒るか。





「それから…」



ナミはさらに身を低くするとおれのキャスケット帽をパサリと取り去った。


「この茶色くてもさもさな髪」


「もさもさって……」

「あとは……」



さらに近づいて、今度はおれのサングラスを取るナミ。

長い髪がおれの首筋をくすぐる。



「この…忠誠心とか、好奇心を宿した瞳………」


「………」


ナミの瞳が真っ直ぐにおれを捉える。


陽射しに不慣れな北の海出身のおれ。


帽子もサングラスも取り払われてしまっては、目の前のオレンジ色の太陽が…眩しすぎる。




「なぁなぁナミー」



「……なによ?」




眩しさにキュッと目を細めて、戸惑いがちに訊ねてみる。





「もしもおれが、船長に捨てられちまったときはさ……本当にナミが、拾ってくれんの?」



きょとんとして、それからくすりと笑ったナミは

おれの頭をよしよし撫でて、優しい声で言う。





「しょーがないから、拾ってあげる!」





その瞬間ぶるりと震えるのは、仔犬よりも少しだけ狂暴な

野生の心臓。





「……おう!よろしくな!ご主人さま!」



「……っ!?」




ナミの首に手を回し、自分の方に引き寄せてチュッというリップ音を、その唇に落とす。




「なっ!?…な、に……」



「なにって………あまがみ?」


「なっ……!!」


ナミの首を押さえたまま、少し頭を持ち上げて、あまがみしたばかりの唇をぺろりと舐めてみせた。




「……〜っ!!!」



「なーに?本気で噛みつかれたかった?」




真っ赤になるナミの後ろから、「ナミに噛みつく度胸があったか、意外だな」なんてペンギンの声が聞こえてくる。




「な、なっ、噛み…噛みつかないって……」



言ったじゃない…!



なんてもはや威勢も何もない、へなへななナミの声。



「え?だっておれ、犬は犬でも獲物の前では…………」










狼ですから。







「ちょ…っ!ロー!ローっ!!シャ、シャチがっ!!」

「祖業が悪くてうるせェ上に盛りまでついてんのか……ほんとに捨てるぞ。“ROOM”……」

「わっ!ままま待って船長!まさかバラして海に捨てる気ですか!?」

「注意してやっただろう、船長は仔犬にだって容赦はないんだ。狼となると……」

「シャチのパーツ回収できなくなっちゃうね」












END

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