過去拍手御礼novels
□見るなの禁
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「だァァァっ!!見るな!!見るんじゃねェェッ!!」
「あら、また始まったのね」
「何がだい?ロビンちゃん」
午後のリラックスタイムのおやつをテーブルに並べながら、サンジは聞いた。
ロビンは窓に向けていた目線をサンジに向け、にこりと笑う。
その涼やかな瞳にハートを飛ばしかけたところで、ロビンが次に発した言葉に
サンジの動きはぴたりと止まる。
「見るなの禁」
「みるなのきん?」
はて、聞きなれない言い回しだと頭の中をぐるぐるさせていると、くすりと笑ったロビンが先ほどまでその瞳で眺めていた窓の外を指差した。
その動きにつられて顔を上げると、冒頭の喧騒の発信源、ガレーラカンパニー職長であるパウリーの後ろ姿……
と、我らがナミさんの麗しき後ろ姿がサンジの視界に入ってきた。
「おめェらこの女を見るんじゃねェ!!ふしだらが染る!!」
「ちょっと!!失礼よお兄さん!!」
「ちょっとくらいいいじゃないっすかパウリーさん!何も裸でいるわけじゃあるめェし!」
「ダメだダメだ!!仕事に差し障りが出る!!見るなッ!!」
普段通りの短いスカートのナミが職人たちの目にとまらぬよう、
パウリーが自分の上着で必死に隠すという見馴れた光景。
「みるなのきんって……あれ?」
「そう、あれよ?」
確かに、見るな見るなと連呼している。
ただこっちからはナミの長くしなやかなおみ足が丸見えだ。
「なんなんだい?その……見るなのきんってのは」
ロビンの向かいに腰を下ろして未だ見せろ見せないだの言い争われているナミの
健康的なくびれに目をやりながら、サンジは聞いた。
「話型のひとつよ」
「話型?」
「えぇ。例えばそうね…鶴の恩返しという昔話を知っているかしら?」
「もちろんさ。助けてもらった鶴が恩返しをするために人間に化けて機織りをする話だろう?」
「えぇその通りよ。そのときに、人間に化けた鶴はなんと言って部屋に閉じ籠る?」
「“着物が完成するまで、決して覗いてはいけません”……かい?」
そう。と言って紅茶を飲むロビンの先には、追い払われた職人たちとふくれるナミと、顔を真っ赤にするパウリー。
「それが見るなの禁よ」
「……つまり、“見てはいけないという禁止”がモチーフになってる話のことかい?あのふたりで言うと、ナミさんが鶴にあたるわけか」
昔話や神話にも『パンドラの箱』や『浦島太郎』という同じようなパターンの話があったことを、サンジは思い出す。
「えぇそうね。ただ………」
舌を休ませるように紅茶を口に含むロビンの次の言葉を待ちながら
サンジは煙草に火をつけた。
「あのふたりの場合、見るなと言っているのが鶴ではないというところが味噌なの」
ふふふ。と意味ありげに頬杖をついてみせたロビンに、
徐々に興味を煽られつつあったサンジはもう一度窓の外に目をやってみた。
「もうっ!私シャワー浴びてくるからどいて!邪魔よ!」
「だったら今度という今度は長ズボンを履きやがれ!わかったのか破廉恥娘!?」
「長ズボンってあんたね………」
ほとほと呆れた様子のナミを哀れに思いつつ、どこがどう味噌なのかとロビンに問えば、
ナミが立ち去ってひとりになったパウリーが上着を着直してため息をつく様子を眺めるその横顔は言った。
「彼はいつも“ナミの破廉恥が染るから”見るなと言っているわね?」
「あァそうだね。ナミさんの格好が職人たちに悪影響を及ぼすようなことを言ってやがるな…」
そんなわけないのに、とサンジは思う。
可愛い子の可愛い姿を見ればどんな野郎だってモチベーションが上がるに決まっている。
「確かに、見るなの禁の話型では見てしまった者には何かしら負の作用がもたらされるということが決まっているの」
それはお別れしなければいけなくなったり、おじいさんになってしまったりということだ
と付け加えるロビンにサンジはふむふむと頷く。
「けれど彼の場合、本当は“悪影響だから”見せたくないのではなく“独占したいから”見せたくないだけなのよ?」
「………なんだと?」
独占という言葉にサンジの眉がピクリと動く。
つまりは仕事場の秩序を守るためだの抜かしておいて
可愛いナミさんに下心を抱いている不届き者ということだ。
「それから、見るなの禁ではさっきも話した通りおおよその筋書きが決まっているのだけれど………」
怒り心頭のサンジをよそに、誰も居なくなった窓の外から視線を外したロビンは続ける。
「見るなと言われた者はね、見てしまうのよ。結局、“見たくなってしまう”の。この心理、あなたにもわかるでしょう?」
サンジは頭の中でその状況を自分に置き換えてみる。
「女湯を絶対に覗くなと言われれば、あなた絶対に覗くでしょう?」
「………激しく否定できないんだが、それはあれかい?普段のおれの行いに対する当て付けか何かかい?ロビンちゃん…」
無邪気に笑ったロビンの瞳が微かに狂気じみていたことに
サンジは気づかないふりをした。
「カリギュラ効果といって、人間の本能としてどうしても見たくなってしまうものなのよ。見るなと言われれば、言われるほど…ね」
「確かにそうだ。鶴の恩返しでも結局見ちまうもんな」
「ここでひとつ思い出してみて」
少しだけ身を乗り出したロビンの胸がテーブルの上にむにゅりと乗った瞬間、
サンジはそちらに意識を持っていかれそうになる。
「……なにをだい?」
見ちゃだめだ…そう思えば思うほど、いたずらっ子のように微笑むロビンの顔より下に視線がいく。
これがカリギュラ効果というやつかと、サンジはひとり納得し、平静を装って聞き直した。
「彼は、ナミを独り占めしたくて“見るなの禁”を発令しているわよね?」
「…あァ、ふしだらはあの野郎の方さ」
「ところが、見るなと言えば言うほど、周りの人はどう思うかしら?」
「…見たくなるな」
「そうなの。つまり彼がやっていることは………」
突然ロビンの言葉を切るかのように扉からバタバタと音がしたかと思うと
話題の渦中の人物たちの声がやってきた。
「だァァァ!そんな淫らな格好でうろちょろするなァッ!!」
「お風呂あがりで暑いんだからしょーがないでしょ!!」
「あら、また始まったのね……」
バタンッ!と開けられた扉の先には
ピンク色のバスタオルをめいいっぱいに広げてナミの身体を隠すパウリー。
そのタオルから見え隠れするさらけ出された肩や鎖骨、足や腕、
風呂上がりのまとめ髪からポタポタと落ちる水滴を目の当たりにした瞬間、
サンジはくわえていた煙草をポトリと落とした。
「てめェら見るなッ!!こいつの破廉恥は目の毒だ!!!」
「ちょっと!ちゃんと着てるわよ!タオルどけて!」
「それは着てるとは言わねェッ!布の範囲が狭すぎんだよ!!見るな見るなァッ!!ふしだらが染るぞ!!」
さっき窓の外で丸見えになっていたときには、いつもの格好だと思っていたのに…
そこでようやく見るなの禁の心理を肌で体感したサンジは、
見えそうで見えないナミの素肌から目を逸らすことができないままロビンに訊ねる。
「……見ちまったら、おれにも何かしらの負の作用がもたらされると思うかい?」
「ふふ。どうかしら……少なくとも彼に敵対視されることは免れないわね」
「それでも見てェと思うおれは男として正常…だよな?」
「えぇ、至極当然のことよ?見るなの禁に、見ないという選択肢は存在しないわ」
だけどその前に……
と言葉を切って落ち着きはなったままカップに口をつけたロビンは
ただ見たいという欲望を煽るだけの目の前の努力を哀れみながらサンジに提案する。
「是非あなたから、彼に教えてあげた方がいいのではないかしら?」
“見るなの禁”は、逆効果。
「見るなッ!!見たらあんた鼻血で失血死するぞ!!」
「いい加減にしてお兄さん!!」
「ふふふ」
(み、見てェ…!!)
END