過去拍手御礼novels

□邪魔したくなる彼女
1ページ/1ページ





「はい、どうぞ!」


「いいの?」



私たちの船が停泊している反対側の港にハートの海賊団が着港したとの噂を聞きつけ


久しぶりの顔に逢いたくなったので気まぐれに早朝からお邪魔してみた。



「もちろん!コックに言ってウサギ型にしてもらったんだよ!」


「ふふ、じゃあ遠慮なく」



爪楊枝に刺した滑らかなカーブのウサギを私の目の前に差し出し、「あーん」を強要する白熊は本当に可愛い。


朝食である最後の一切れを私に譲ってくれるという優しい彼との時間は

私に癒しと安らぎを与えてくれる。


促されるがままにあーっと開けかけた口目掛けて爽やかな香りが近づく。


ところがウサギの尻尾が口の中に入る寸前、

まるで狙ったかのようなタイミングで落ち着き放った声が向かってきた。





「ベポ」



「あ、ペンギンどうしたの?」



また、この男……。

目深にかぶった帽子を強い風から守るように

ロゴ部分を押さえながら近づいてきた人物の登場で

私の口に入るはずだったウサギはぴょんと跳ねてお皿に逆戻りした。




「研究室で作業の準備を整えておけと言われていなかったか?こんなところで油を売っている場合じゃない。船長、すぐにでも起きてくるぞ?」


「わッ!いっけない忘れてた…おれすぐに行ってこなくちゃ!ナミごめん、これ食べてていいから、また後で!」


「え、ちょっとベポ………」



ドスンドスンと巨体を揺らしながら船内に消えて行ったベポに伸ばした腕は

手応えなく宙を切る。




「ん?……どうかしたか?」


「………別に」



すました顔でベポを見送っていた男に湿気った視線を向ける。

いつもいつも、私のささやかな幸せを何かと邪魔するこの男、ペンギンは

腕組みをしたまま足音もなく私に近づいて、白々しく顔を覗き込んできた。



「久しぶりの再会だっていうのに、冷たいな」


「私はベポとの再会を楽しんでたの」



ふいっとそっぽを向くと、くくっと笑いを堪えるペンギン。

わざとに違いない。こうして絶妙な間合いで私の楽しみを奪っていき、面白がる悪趣味な奴。


一見優しく紳士な笑みも今となってはもはやその影さえ見えない。

悪魔の微笑みを間近に感じながらもそれを無視して

ひんやりとしたお皿から林檎を手に取る。



楊枝の柄をつまんで尻尾を自分の方に向けるようにくるりと回して口に近づけた瞬間、


シャリッという爽快な音を立てて食べられたのは反対側のウサギの頭。



「あ…っ、ちょっと!」


「……美味いな」



口の中をシャリシャリといわせるペンギンを驚いて見上げるけど

甘い香りが犯すのは私の鼻孔だけ。



「ベポからもらったのに……なんでペンギンが食べちゃうの!?」


「半分こしようと思ってな」



帽子から覗いた片目が可笑しそうに笑っている。


ひどい……!


ベポとの時間、それから最後の林檎を奪われたことにムッとして

「もういい!」と皿ごと残りの林檎を押し付けて船内へ入った。






一頻りクルーたちと互いの土産話に花を咲かせた後、

昼すぎに甲板に出るとシャチが縁から足を投げ出して釣りをしていた。


「ナミもやってみるか?」


サニー号では釣りなんて専ら男たちに任せているが

他にやることもないので教えてもらうことにした。


「ほら、ここちゃんと持て。糸引いたら教えろよ?」


「釣れるの?」


「ナミの頑張りによる」


「何それ」


シャチは私を足の間に座らせて後ろから腕を回してふたりで竿を握る。

くだらない話をしてけらけらと笑っていたらまたもやこの男が現れた。



「よう!ペンギンもやらねェか?」


「……おれはいい。それよりシャチおまえ、出航前に船のメンテをするんじゃなかったのか?」


「あー…そのつもりだけど、いつ出航すんの?」


「買い出し班が物質調達から帰ってきたらいつでも出航できる。あとは船長の気分次第だな」


「……マジで?」


「あァ、マジだぞ?」



「マジかー」とキャスケット帽の上からがしがしと頭をかいたシャチは

竿を私に預けたまま甲板に立って背伸びをする。


「悪ぃナミ、おれ今のうちに船の様子見てェから…糸引いたら…こう、がーっとやれ!がーっと!」


「はぁ?!ちょっと雑すぎ!!」


「がんばれよー」と爽やかに手を振り去って行ったシャチ。

甲板には薄ら笑いを浮かべるペンギンと唖然と釣竿を握る私が残される。



「悪いな、シャチに教えてもらってるところを邪魔して」


「そんなこと、1ミリも思ってないくせに」


ハハと笑ったペンギンが唇を尖らせ浮を睨む私の真後ろに立つ気配がした。



「本当に思ってる。お詫びに釣りの仕方はおれが教えてやろうか?」



そう言って腰に回された手に思わず身体がぴくりと震えた。


「…いいからっ!ペンギンはあっちに行ってて!」


「ナミ………」


肩に置かれたペンギンの顔をすぐ近くに感じて

耳元で囁く低めの声に心臓が跳ねる。



「ちょっ、ちょっと!私で遊ばないでよ!」


「ナミ………」


「だ、だから…っ」


「引いてるぞ」




え?と手元を見るとぐいっとしなった竿を私の手の上からペンギンの手が掴んでいて

慌てる私をよそにあっという間に引き上げてしまった。



「顔が赤くなってる。船長に見てもらうか?」


「……っ!!」



悪戯に首を傾げるペンギンと魚を置いてツカツカと甲板を後にした。

釣れた魚を見たシャチは私を大いに誉めたが、何故だか腑に落ちなくて私は終始機嫌が悪かった。










「相変わらずだな、おまえ」


「相変わらずいい女でしょう?」


夕食後に仕事の終わったローとふたり甲板でお酒を飲む。

珍しく少し酔っているようで声を出して笑ったローに

私も気分が良くなってまたお酒を煽る。


「今日中には出航しようと思ってたんだが……気が変わった」


「あら、どうして?」



冷たい手を私の頬に這わせたローは暗闇よりも深い色の瞳を私に向けた。



「今夜一晩、おまえといるのも悪くねェ……」


「………」



どこでそんな色気を身につけるのだろう。

逢う度に私を揺るがすローに満更でなく胸が震える。




「ナミ………」


「……っ」



顎を持ち上げられて迫ってくるキスの気配。

その甘い波に呑まれてしまおうと、まさに目を閉じようとしたその瞬間、









「船長」



「……ペンギンか……何しに来た?」



私たちに近づくひとつの影に、ローと私は僅かに距離を取り、眉を寄せる。




「やだな。見ればわかるでしょう」



普段なら一番に空気を読むはずのペンギンが、緊張感にそぐわずおどけて笑ってみせる。





「邪魔しにきました」




「な……っ」



悪びれずそう言うペンギンに思わず不機嫌な声が出て、固まる。


私を邪魔して面白がってる奴だとは思ってたけど、まさかここまでとは……。

険しくなる私の顔とは逆にローは愉しげに口元をにやつかせている。


「ククッ…珍しいもんが見れたな。…好きにしろ、邪魔者は消えてやるよ」


そう言って呆気なく背中を向けたローを追いかけるなんてはしたない真似はせず、

深くかぶった帽子の影で表情の読み取れないペンギンを見据える。





「どうして……こんなことするの?」

「………」

「そんなに私のことが嫌い?」



ゆっくり近づいてくるペンギンの影が、闇のなかで大きくなる。




「ナミは……こんなことをするおれのことなんて嫌いか?」


「…………」



どんなに意地悪な時でも、変わらず優しいその声が私の胸を締め付ける。


やることなすこと邪魔をしてくるのは彼にとってただの暇潰し。

彼にとって私なんて、箸にも棒にも止まらぬ存在。


もっと優しくしてほしい、もっと私の気持ちを感じて、遊びじゃなくて、女として見てほしい。


なのにペンギンは、そんな私の気持ちなんて無視して気まぐれに近づいてはからかって、弄んで楽しむだけ。




傍に来てほしいけど、近くにいるとイライラする。



好きだけど………嫌い。





矛盾が取り巻く心をギュッと押さえて唇を噛み締める。











「おれは好き」


「……っ」


「ナミのことが、大好きなんだ」


「だったらなんで…っ!」




私の頭に手を置いて


困ったように口元を歪ませたペンギンは拗ねた子どもみたいに呟く。







「その顔が見たくて、ついいじめてしまう」


「………」


「おれに振り回されて、おれだけに困って怒って、おれだけのことで乱れて…………おれのことしか考えられなくしてやりたい」


「ペン…ギン……」


「みんなのナミじゃ、嫌なんだ……」



髪の流れに沿って降りてきた生暖かいペンギンの手が、私の頬を包み込む。












「他の男のことを考える隙なんて与えない……おれの存在だけで、おまえをいっぱいにしてやる」





そうして見つめられれば何もかもこの男の思惑通り、




最初から最後まで、私の意識はあなたのもの。






あなたの瞳に映るのは私ひとり、



私の心を侵すのはあなたひとり。











「もう…おれのこと以外は考えるな」











邪魔したくなる彼女







「なーなー、邪魔されてんのおれらじゃね?」
「ペンギンいっつもナミを独り占めしてずるいよね」
「潜水するぞ。あいつらをこれ以上ふたりきりにするんじゃねェ」
「ア…アイアイ!」
(船長鬼畜……!!)










END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]