過去拍手御礼novels

□世界で一番、小さな告白
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「サンジくんって何もわかってない。もっと小さなことにも気づかなきゃだめよ」



ブラウンでコーティングされた生チョコのケーキにぶすりとフォークを突き立てながら


ナミさんは言った。



面食らってぴたりと動きを止めて口ごもると、3秒ほどおれを見つめてフォークを皿に置いたナミさんは

食べかけのケーキを置き去りに扉へ向かう。



「私、ダイエット中なの」



バタン、と扉が閉まり、誰もいなくなったキッチンで情けなく吐いた息には煙草の煙が混ざっていた。







ナミさんが冷たい。

クールなことはよくあるが、ここ最近はニコリともしない。

どんなに怒ってたって根に持つようなことはしない彼女が、ひたすら刺のある眼差しを向けてくる。


しかも、おれにだけ。


何が彼女をそうさせているのかさっぱり検討がつかないが、とにかくおれがなにかやらかしてしまったということだけは事実らしい。

氷のように冷たくなってしまった彼女を溶かすにはどうしたらいいのかとあれこれ試してみるも逆効果。


自信作の最新ケーキは半分以上食べ残されたまま甘ったるい香りを切なく撒き散らすだけだった。







自室に戻り力なくベッドにうつ伏せる。

おれはナミさんが大好きで、彼女がおれに向ける太陽みたいな笑顔が大好きで、

どんな疲れだって一瞬にして吹き飛ばしてくれるその笑顔を守りたいと思っていた。

だけど今、彼女がおれに向ける表情はただただ冷淡で、色がない。

笑ってくれないということが、こんなに堪えるものだなんて思ってもみなかった。




なにもする気が起きず気だるい身体でごろりと寝返りを打つ。

パサリ、と枕元で音がして何かと思い枕とシーツの間に手を滑り込ませると

それは以前ナミさんがおれに書いて渡した買い出しリストの紙だった。




「ひとつでも買い忘れたら自腹よ。
まぁでもサンジくんならそれはないと思います。
なんでも気がつく人だから。
私、ちゃんと見てるでしょ?サンジくんのそういうとこ.」



様々な品が羅列された後、おれ宛の短いメッセージにはそう書いてあって、

普段そんなメッセージをもらえることなんてないからつい嬉しくて何度も読み返した挙げ句、

夢にも見られるように枕の下に忍ばせたのだ。


そのころのナミさんはおれのことを確かによく見てくれて、隣で笑っていることが多かった。

そんな浮かれていたころの記憶に切なくなる。

そういえば急にナミさんの様子が変わったのもこの手紙をもらった2週間前くらいからだ。

あのころに戻りたいなんて女々しいことを思いつつその宝をポケットに入れた。






晩飯の準備に行くと何故かキッチンでウソップの実験コーナーが始まっていて騒がしいことこの上なかった。

ナミさんは自分で淹れた紅茶を飲みながら新聞を読んでいる。

そしておれをチラリとも見ない。

あんたなんて知らない。そんな彼女の態度をひしと感じると「クールな君も好きだ」なんて言う勇気も気力もおきない。


あー、切ねェ………



「見てろよー!これがウソップ特製、びっくりクラッカーだ!」

「おぉぉぉ!早く鳴らしてくれ!」

「てめェらクソ静かにしやがれ!ナミさんとロビンちゃんの邪魔になるだろうが!!」

「いいだろーちょっとくらい、サンジのケチ!」

「そうだぞ眉毛!」

「……………」

「「ずびばぜんべじだ」」


蹴り倒したら少しは大人しくなったルフィとウソップを背にキッチンに入る。

完全な八つ当たりだが少しも気が晴れない。


「んん?なんか落としたぞサンジー」

「あ?」


ルフィが差し出したのはポケットに入れていたはずのナミさんからもらった買い出しリストだった。



「………」


ナミさんがその紙を凝視して固まっている。

気まずくなったおれはルフィの手から取ったそれを再びポケットに入れておどけて見せた。



「アハハ、覚えてます?おれナミさんからもらったメッセージが嬉しくてさ、ずっと取ってあるんだ」


「………どこが嬉しかったの?」



抑揚のない声でそう言うと、ナミさんは新聞をテーブルに置いて神妙な面持ちでおれを見た。



「どこがって……最後の……」


そう言いかけるとナミさんが少し目を見開いた気がした。



「……サンジくんをちゃんと見てるってとこ…かなぁ…」


「…………」


「内容も覚えちまうくらい何度も読み返したんですよ?ハハ、枕元に置いて夢にも……」


「…………」


おれの言葉を遮るようにガタンと椅子を鳴らして立ち上がったナミさんは苦しげな表情でおれを睨んできた。




「やっぱり何もわかってない……あんたなんて、きらい……」


「え………」


固まったおれの目の前を風のように通りすぎてキッチンを出て行った彼女。

それまで騒がしくしていたルフィたちもしんと静まり返って、ロビンちゃんも首を傾げている。




「は……?なんで………」




どうして、なんで、おれがなにをした?

ナミさんの好きな料理やお菓子をつくって

ナミさんのお願いを笑って引き受けて、

ナミさんが望むことを先読みして提供して

この手で、足で、ナミさんを守って、助けて、

全部君に好かれるためだろう?

なのになんで……きらいだなんて……






“小さなことにも気づかなきゃだめよ”






先ほど言われたことを思い出す。

おれは自分でもよく気がつく方だと思うし、普段から周りをよく見ている。

ナミさんのこととなるとなおさら些細な変化も見逃さずやってきたはずだ。


震える手でポケットの中の紙を掴む。

そうだ、このメッセージにだって、サンジくんはよく気がつく人だって……


「…………」


もう一度、折り畳まれた小さいメモ用紙を開いてみる。

何度も読み返した綺麗な文字を、隅から隅まで目で追う。

この紙を目にしたときのナミさんの表情や態度…



どこだ……?


おれは、何を見落としている……?



「ひとつでも買い忘れたら自腹よ。
まぁでもサンジくんならそれはないと思います。
なんでも気がつく人だから。
私、ちゃんと見てるでしょ?サンジくんのそういうとこ.」



「…っ!ウソップ!!」

「おっ、ど、どうした?」

「虫眼鏡…いやルーぺ…なんでもいいから貸せ!」

「お、おう、ほらよ」



受け取ったルーペでその部分を見てみる。

几帳面な彼女だ。

ただのメモとてその丁寧さは所々に見てとれる。


「……なんでも気がつく人だから。
私、ちゃんと見てるでしょ?サンジくんのそういうとこ.」


……不自然な倒置法、そして……最後の歪な読点。


「……サンジくんのそういうとこ. 」


綺麗な「。」で終わるはずの最後、代わりに記された、肉眼では確認できない小さな気持ち。




「…っ!!!」


「おいサンジ!?」



勢いよく外に飛び出して彼女の姿を探す。

甲板、女部屋、見張り台……



どうして、どうして気づかなかったんだ…


小さな違和感、小さな主張、


そして彼女の気持ち……






「…………いた」


「…………なに?」



みかんの木の下で膝を抱く彼女に歩み寄る。



「やっと……気づいた……」

「…………」



小さな紙を握りしめて息を切らすおれを見て、ナミさんは目を見開く。





「小さすぎて……見逃してたけど……今から、返事、してもいいかな?」


「…っ!気づいた、の…?」



大きく頷いて、横から力強くかき抱く。







とってもとっても恥ずかしがりやな君の、


勇気をふりしぼったその行動、


小さな紙に記された


世界で一番、


小さな告白の返事には………







「おれも………君を愛してる」


「!!」









世界で一番、大きな愛を込めて













ひとつでも買い忘れたら自腹よ。

まぁでもサンジくんならそれはないと思います。

なんでも気がつく人だから。

私、ちゃんと見てるでしょ?サンジくんのそういうとこ………







「スキ」










END

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